研究課題/領域番号 |
21K00470
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研究機関 | 青山学院大学 |
研究代表者 |
辻 吉祥 青山学院大学, コミュニティ人間科学部, 准教授 (50409588)
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研究期間 (年度) |
2021-04-01 – 2024-03-31
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キーワード | 優生学 / 疫病 / ルポルタージュ / 貧民窟 / 英日比較 |
研究実績の概要 |
本研究は、研究者の日本文学にとどまらない外国語力を生かし、従来研究が限定的であった英国・日本の劣位に置かれた人間に関する記録文学・ルポルタージュを再審に付すことで、その歴史的にして現在的な諸問題を、国際的な視野と文献の下に深く考究するものである。これにより、延いては、20世紀最大の問題の一つ――「文学的近代性と優生学」「生産性なき人間は滅すべきなのか」という問題に、根本的な視座を提供しつつ、社会的な解答を与えようとする。本考究を従来にない研究成果へとひき上げるために、まず一年目の2022年度は、英日の貧民窟ルポルタージュ・記録について手広く調査、地道な解読の作業に時間を費やした。加えて早い段階でその途中経過での到達を、日本社会文学会春季大会にて「滅殺の時――疫病の記録と未来」と題して学会発表することができた。これは、「貧困」のカテゴリー(figure)が、英国においては19世紀後半の度重なる疫病の流行、および農・工業における生産過程の資本制化(もしくは都市(への社会的動力の集中)と田舎(の貧栄養化)の空間的両極分解)のグリッドを地(ground)として示されることを確認しつつ、一方で明治二〇年前後における桜田文吾のルポルタージュのエクリチュールをも検分するものであった。衛生の格子が、他者性に対する生物学的脅威の度合いを敏感に制御する環境において、ディタッチメントがそのまま階級の構成に繰り込まれているありかたは従来の階級性(団結的と思われた)の本質を、掘り崩しつつ奇妙に維持もしており(観察的に再定義していかねばならない)、そこでの互いに他者をこそ守ろうとする新しい -shipの観念(それが社会の紐帯と歴史をどう構築できるのか)の提案も含めて、新機軸の思考と問題構制を提示できたのではないかと考えている。引き続きこの新しい観点の深まりと歴史的な検討が進捗するよう、努力を重ねたい。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
初年度の課題とした英日の貧民窟ルポルタージュの調査・収集、およびその解読に――時間を多く要するとはいえ――着実に取り組んでおり、上記の学会発表での成果も含めて、滞りない進捗と言うことができそうである。次年度へ向けての研究の基礎資料が、研究支援業務協力者の協力を得つつ系統的に収集・整理されてきている点も同様である。Covid19蔓延による移動の制限については時期を俟ちたい。本研究自体がその社会的未来に益するものであるように目指しながら。
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今後の研究の推進方策 |
初年度の進行具合に、予測されなかったような問題は生じておらず、当初の研究計画通り地道な調査・確認と解読の作業をおし進めていくことに大きな変更はない。成果のための拙速と思考の短絡を遠ざけつつ、一次資料の収集と(従来的な解釈の轍に陥らない、慎重な)解読に時間をできるだけ割けるように、昨今の疫病蔓延による文字通りたいへん厳しい研究環境の中ではあるが、工夫を重ね、努力し続けなければならない点も同様である。上記の学会発表で展開された論は、深化のうえ、追って論文化してゆく。
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