本研究は、研究者の日本語文学に限定されない外国語力を生かし、従来研究が限定的であった英国・日本の劣位に置かれた人間に関する記録文学・ルポルタージュを再審に付すことで、その歴史的にして現在的な諸問題を、国際的な視野と文献の下に深く考究するものである。本考究に従来にない厚みを齎すために、一年目の2021年度より継続して、英日の貧民窟ルポルタージュ・記録について手広く調査、地道な解読の作業に多量の時間を費やした。その早い段階での到達は、日本社会文学会春季大会にて「滅殺の時――疫病の記録と未来」と題して学会発表されている。これは、「貧困」のfigureが、英国においては19世紀後半の度重なる疫病の流行および農・工業における生産過程の資本制化を地(ground)として結構されることを確認しつつ、一方で明治二〇年前後における桜田文吾のルポルタージュの様態をも検分するものであった。衛生の格子が、他者性に対する生物学的アラートを敏感に統御する環境において、ディタッチメントがそのまま階級の構成に繰り込まれているありかたは従来の(団結的と思われた)階級性の本質を、掘り崩しつつまた奇妙に維持もしており、そこでの互いに他者をこそ守ろうとする新しい -shipの観念(それが社会の紐帯と歴史をどう構築できるのか)の提案も含めて、新機軸の問題構制を提示しえたと考えている。この新しい観点の深まりと歴史的な検討をさらに進捗させるために、最終年度はCovid19蔓延により延期されていた英国を中心とした実地調査を集中的に行ない、また事典の執筆一件についても行なうことができた。
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