研究課題/領域番号 |
21K00487
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研究機関 | 青山学院大学 |
研究代表者 |
中村 光宏 青山学院大学, 文学部, 教授 (10256787)
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研究期間 (年度) |
2021-04-01 – 2024-03-31
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キーワード | 音声学 / 言語学 / 調音動作 / 音声変異 |
研究実績の概要 |
音声変異における調音タスクの個人差を明らかにするために、2つの調査分析を遂行した。 ① 調音動作の弱化と音声環境・単語頻度 音声環境と単語頻度は、英語/l/の音声実現形に影響することが知られているが、単語頻度が調音動作の弱化に与える影響は十分に調査分析が進んでいない。本研究では、英国標準発音における単語末単独/l/(例:small)を対象として、調音動作の弱化パタンを調査分析し、音声環境・単語頻度、/l/母音化との関係を検討した。その結果、(a)両唇音と舌背音が後続する場合には/l/の舌尖動作が弱化し母音化する傾向があること、(b)単語頻度は子音的/l/の調音動作の弱化には影響するが、母音化した/l/には影響しないことが分った。この結果は、当該アクセントにおける母音化の普及程度によって、調音動作の弱化パタンに違いが生じる可能性を示しており、今後、更なる調査分析が必要である。 ② /s/の調音位置後退 これは、歯茎摩擦音/s/が後部歯茎摩擦音/sh/となる現象(例:street>[sh]treet)である。先行研究は音響学的分析が主流であり、調音動作の実態調査は極めて少ない。本研究では、磁気センサシステムと動的パラトグラフィによる調音データに基づき、子音連続 /str/ の/s/と単語頭の/sh/(例:seat、sheet)を比較し、両唇調音結合の時間的範囲を分析した。その結果、(a)調音位置後退は4名の被験者のうち1名のみに、/t/の破擦音化は全員に観察され、(b)下唇動作の調音結合は/t/の開放時に最大値に到達し、(c)調音位置後退が生じない話者でも、/t/の調音に個人差があることが分った。本研究結果は、音響学的分析のみに基づく先行研究の結果を再検討する必要性を示すものでもある。今後、様々な子音連続における調音動作の協調パタンと音響的効果に関する研究を進展させる計画である。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
2022年度研究計画における主要研究課題は、①調音タスクの個人差、個人内・個人間の変動性に関する調査分析を遂行することと、②音声変異と音声生成・知覚に関する総説論文を執筆することであった。 課題①については、英語/l/を調査対象とし、舌尖動作の弱化に対する音声環境・単語頻度の効果を調査分析し、個人差との関係を考察した。本研究は、青山学院大学文学部紀要(第64号)に掲載されている。また、/s/の調音位置後退を事例として、先行研究を多面的に検討し、音声変異における調音結合の位置づけを考察し、今後の課題を明らかにした論文を執筆した。本研究は、青山学院大学文学部附置人文科学研究所論叢(第4号)に掲載されている。 /s/の調音位置後退については、上の研究論文とは別に、音声データベースを使用した調査分析と統計解析を遂行し、当該現象のメカニズムを探求する研究に現在取り組んでいる。この成果の一部は、音声科学の主導的国際学会における拙論の発表申請が採択されている(第20回国際音声科学会議、2023年8月7~11日、プラハ・チェコ共和国:The 20th International Congress of Phonetic Sciences:拙論:An articulatory study of the word-initial /str/ cluster in British English)。 課題②については、音声生成・知覚の観点から検討を進め、音声変異における調音結合の役割として整理することができたが、新たな課題の発掘もできた。それは、音形(変異形)選択に対する地域社会文法(community grammar)の位置づけである。社会(言語学)的要因についても、今後、主要な問題を明らかにし、多面的な検討を進める計画である。 このような状況から本年度の課題はおおむね達成できたと判断できる。
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今後の研究の推進方策 |
2022年度の研究成果に基づいて、次の課題を中心として、更なるデータを収集し、仮説検証・調査分析を進める計画である。 ① /s/の調音位置後退における調音タスクの個人差と変動性を探求する。先行研究では、長距離同化と局所的同化というメカニズムが提案されている。現在進行中の本研究課題では、顕著な個人差と変動性が確認されており、それらを調音・音響の両面から調査分析し、現実的なメカニズムを追究する計画である。 ② 音形(変異形)選択に対する地域社会文法(community grammar)の位置づけを追究する。話者による音形選択は、音声生成・知覚原理によってのみ制約されているわけではない。社会(言語学)的要因も影響することを示す多くの事例が報告されているが、まとまった知見となっていない。本研究課題においては、音声変異に対する地域社会文法の位置づけについて探索的検討を進める計画である。これまでの研究成果を出発点とし、新たな音声変異現象の予備的調査・分析を実施することも考えている。 ③ 研究成果の公表:2022年度の研究成果は、2023年8月に開催される音声科学の主導的国際学会(第20回国際音声科学会議、プラハ・チェコ共和国、8月7~11日:The 20th International Congress of Phonetic Sciences)における発表申請が採択されている(拙論:An articulatory study of the word-initial /str/ cluster in British English)。また、今後、変異現象研究に関する国際学会への発表申請を予定している。現段階では New Ways of Analyzing Variation(第50回変異現象の新しい研究国際会議(開催地:アメリカ・スタンフォード大学;10月13~15日)を検討している。
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次年度使用額が生じた理由 |
(理由)2022年度当初は、音声科学の主導的国際学会(第18回音声科学・技術の国際会議:豪州・キャンベラ;12月13~16日)における研究成果の公表を計画していたため外国旅費を措置したが、発表申請を控えたために次年度使用額が生じた。発表申請を控えた理由は、2022年度前期におけるCOVID-19感染状況、国内外の水際対策、渡航に関わる勧告内容(豪州の危険レベル:レベル2)を慎重に検討した結果、渡航困難、対面開催の学会への参加も難しいと判断せざるを得なかった。 (使用計画) (1)これまでの研究成果は、音声科学の主導的国際学会における発表が採択されている(第20回国際音声科学会議:プラハ・チェコ共和国、8月7~11日:The 20th International Congress of Phonetic Sciences, 2023)。この外国旅費を措置する考えである。また、変異研究に関する国際学会への発表申請を予定している(New Ways of Analyzing Variation 50:第50回変異現象の新しい研究:米国・スタンフォード大学;10月13~15日)。COVID-19と国内外の水際対策の状況への柔軟な対応が必要であるが、現時点では音声研究の主導的国際学会にて公表する意思を堅持したい。(2)音声データ保管のため、比較的大容量の外付記憶媒体の購入費用を措置する考えである。
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