最終年度は、中国語のスルーシングや焦点化構文との対照という観点から、モンゴル語の疑問節縮約現象、西アフリカの言語の1つであるダガラ語の焦点化構文や疑問節縮約現象、日本語の節省略現象を考察した。 特にダガラ語の焦点化構文は中国語の焦点化構文と興味深い統語的対照を示すことがわかった。いずれの言語も、文中の焦点となる要素を文の左方周縁部へ置く文法操作を有し、かつ焦点要素を表示する顕在的な標識を持つ一方、ダガラ語では焦点標識が焦点要素に後続するのに対し、中国語では焦点標識が焦点要素に先行する。焦点化構文の標準的な分析では、焦点標識を主要部とする句の指定部位置に焦点要素が移動することになり、ダガラ語や中国語のような主要部先行型言語では、期待される語順が焦点要素ー焦点標識となるはずである。ダガラ語はこの語順を示すのに対して、中国語は逆の語順となっている。 ラベリング理論に基づく分析では、ダガラ語では焦点要素と焦点標識との間の一致により、それらを含む句のラベルが決定され、故に特別な語順の変動が生じないと考えられる。他方、中国語では、焦点要素と焦点標識との間の一致がないので、それらを含む句のラベルを決定するために焦点標識主要部がさらに移動し、その結果、焦点標識ー焦点要素という語順が生じると考えられる。この分析は、ダガラ語では焦点要素と焦点標識の間に(通言語的には稀な)数の一致が見られるという事実、また中国語は文法全体として一致が欠落しているということと符合する。 研究期間全体としては、ラベリングの要請による主要部の移動という仮説を支持する決定的な証拠や論拠に至ることはできなかったが、そのような操作が関与していることが窺える現象が中国語のみならずいくつかの言語に存在することがわかった。今後は、それらをより詳細に研究する予定である。
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