本研究課題は中世イロハ引き日本語辞書文献を対象に、見出し項目と注文内項目の出入り現象を分析することで、12~15世紀の日本語辞書構造と、かかる構造を保証する日本語書記体系の特質を明らかにしようとするものである。具体的には、最古のイロハ引き日本語辞書である『色葉字類抄』を中心とした字類抄系諸本を取り上げ、従来の辞書史研究では等閑に付されてきた、諸本の展開における見出し項目の統合・注記化現象を全数的に調査・考察していくことを目的としている。かかる研究目標の下、計画3年目の令和5年度には、以下の研究活動を行った。 まず二巻本『色葉字類抄』と三巻本『色葉字類抄』の項目格納の実態についての査読付き論文が刊行された(「二巻本及び三巻本『色葉字類抄』における注記格納」、『名古屋大学国語国文学』第116号所収)。当該論文で得られた示唆は、①見出し―注文の関係から比較するに、二巻本から三巻本の形態への移行はあり得ても、その逆は不可である、②二巻本の見出しは、時に前接する漢字見出し語の内の一字に対する情報であって、仮名注記に対する見出し群が対等に配列されていない場合がある、という2点である。この2点は、発展的課題として科研費課題「中世イロハ引き日本語辞書における見出し掲出システムについての研究」にて研究を継続していく。 また、当該期の漢字の省画化現象という観点から、「省画化の展開」の項目を専門百科事典に執筆した(『漢字文化事典』丸善出版)。 さらに、諸本がそれぞれ中近世の様々な表記体の実態を反映する『源平盛衰記』について、注釈活動を継続して行い、共著論文に発表した(「『源平盛衰記』全釈(十九―巻六―3)」、『名古屋学院大学論集 人文・自然科学篇』60-2所収)。
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