研究課題/領域番号 |
21K00617
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研究機関 | 武庫川女子大学 |
研究代表者 |
上田 和子 武庫川女子大学, 文学部, 教授 (30550636)
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研究分担者 |
和泉元 千春 奈良教育大学, 教育連携講座, 准教授 (00625494)
小林 浩明 北九州市立大学, 国際教育交流センター, 教授 (10326457)
野畑 理佳 武庫川女子大学短期大学部, 日本語文化学科, 准教授 (90298373)
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研究期間 (年度) |
2021-04-01 – 2024-03-31
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キーワード | 言語ヒストリー(LH) / 日本語教育 / 日本語教師研究 / ナラティブ / ライフヒストリー / 自伝的手法 / 教師の研究コミュニティー |
研究実績の概要 |
本研究は日本語教師の専門的力量すなわち【知識】【技能】【態度】とは何か、それはどのように獲得されてきたのかを明らかにするために、日本語教師の経験を「言語ヒストリー(LH)、以下「LH」)」を用いて検討するものである。「LH」は①個人の言語に関する経験の自伝的記述、②記述に対する共同研究者とのコメントのやりとり、③全員で行うレビュー(WEB会議)の三要素からなる。つまり、「LH」は①自伝的記述部分を指すとともに①~③を含めた研究活動全体も指す。2021年度は、まず4名それぞれが「LH」を記述し、それに基づいてWEB会議によるレビューを(1回2時間程度x14回)行った。その結果、研究データとして①「LH」記述(4名分)と②会議議事録(14回分)、③①に関するWEB上でのコメントやり取りを含む多様な1次データが生成された。 実践を概観すると、自分の経験を振り返るという行為が決して容易ではなく、またその表現方法や内容も一様ではないことが挙げられる。言語経験の捉え方もそれぞれで、外国語とともに日本語についての記述や語りも多く、さらに日本語教師としての自分を語るとき、ことば以外に多くの出来事を巡る経験があることがわかる。しかし、自分の経験に対する読み手とのことばの往還が、個人として、また日本語教師としての自己肯定へとつながり、読み手という他者の関心や共感が再帰的に執筆者への問いかけとなっている。それが輻輳する経験の意味理解や自己開示へとつながり、メンバーは書き手、読み手と立場を替えて、解釈し理解して相互的に経験の意味を深めている。言語経験は記憶をたどりながら時間軸に沿うように物語られているが、重層的、断片的、複合的であり、単に言語学習として切り取れるものではない。それらは「日本語教師としての自分」と深く結びついていると同時に、それを生み出す時代背景や社会的文脈の深い影響が認められる。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
「LH」の作成(4名)、「レビュー(コメントやレビュー)」といった実践を、2021年度を通じて実施することができた。WEBを活用したことで、共同研究者4名が頻繁に連絡をとり、本研究に関する概念を共同構築していくための基盤をつくることができたことが最も重要な成果である。また、実践を通じて多くの1次データを生成することができた。 研究の公開として、言語文化教育研究学会(ALCE)年次大会で口頭発表を行った(2022年3月6日)。題目は「日本語教師研究としての「言語ヒストリー(LH)」の実践」、内容は「LH」の実践プロセスを明らかにしつつ、日本語教師が職業を通じてどのような経験をしてきかたかについて取り上げた。また自ら振り返り言語化し表現していくことの困難や戸惑いとともに意義についても述べ、教師自身による日本語教師研究に対する問題を提起した。口頭発表によってメンバー間で研究目的や活動内容をとらえなおし、聴衆への伝達方法などをより精緻に検討し準備することができた。特にこの大会では手話通訳、発表スライドに字幕をつけるなど、より多様な立場の聴衆とともに研究内容を共有することを目指していたので、我々も通常とは異なる準備が必要となった。しかしそれによって研究の主旨を伝えるための工夫を凝らし、また発表後には研究内容に対する反響を多数得ることができた。研究の意義を自覚するとともに、研究公開を実践したことにより、その段階を一歩進めることができたと考える。 2021年度、研究活動1年目として達成したことは以下のとおりである。①「LH」執筆、②教師自身による教師研究の実践、③共同研究者との研究コミュニティー構築、④多様な種類の1次データの生成、⑤言語文化教育研究学会年次大会での口頭発表。初年度で計画していた研究活動は、対面式打ち合わせ、データ分析の検討以外は、ほぼ実行することができた。
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今後の研究の推進方策 |
2年目に当たる2022年度は2021年度の「LH」実践を踏まえ、そこから得られた多様なデータの分析が主な活動内容になる。分析対象となるデータは「LH」だけでなく、コメントのやり取り、音声データを文字化した「レビューの記録」などがある。データの性質により、分析手法の妥当性を検討し実施する必要がある。その過程や成果は論文執筆等の形式で随時公表していく。ただし、1年間の活動を通じて、共同研究者4名それぞれに研究課題として注目する点が明らかになりつつあるので、各自が研究手法を精査し検証を進めるとともに、共同研究としての成果をさらに積み上げていきたい。その際、すでに生成した1次データは研究メンバーの共有のものとして活用する。 研究の活動課題として、①データ分析手法の検討(テキストマイニングがその一つとして挙げられる)、②データ分析の実施、③分析成果の検討、④先行研究の整理と本研究の位置づけの明確化、⑤各自の論文等の執筆活動、⑥2022年、2023年度における口頭発表等成果報告の計画策定、⑦年度後半での学会などにおける発表の実施(日本語教育学会秋季大会など)がある。このように課題は列挙できるが、新型コロナウィルス感染流行拡大の影響がどの程度深刻なものになるかによって、特に移動を伴う活動に制限が生じることも考えられる。本研究は海外での学術活動への参加も視野に入れているが、2022年度にそれがどの程度進められるか、なお検討を要する。そこで研究推進方策として、まずデータ分析を最優先課題として年度上半期はそれに着手し、そこから年度内での成果発表を関連学会・研究会等で行うことを目指す。その間、研究者各自の課題を明確化しそれぞれに取り組むこととする。
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次年度使用額が生じた理由 |
本研究申請時には、研究者4名の年間2回程度の学会出張と会合のための旅費を計上していたが、新型コロナウィルス感染拡大の影響でそれをほとんど使用することができなかった。それが次年度使用額の生じた最大の理由である。関連学会はほぼWEBでの開催となり、14回実施したレビュー(ミーティング)も、1回を除いてWEBで行った。他方、IT技術の進化の恩恵を受けた点として、議事録などの1次データ音声ファイル文字起こしは、自動翻訳機能を駆使したことで、文字起こしに関わる人件費を使用することがなくなった。 1年目の活動を通じて、研究にオンラインの環境整備が欠かせないことを様々に痛感した。メンバーの所属先におけるIT環境の相違などもあり、複数の会議サービスを使用することもあった。2年目はそれらの経験を踏まえ、必要な機材・器材を購入とともに、さらに研究環境を強化するために、データを保存管理するのに十分な容量を擁する①クラウドサービスのサブスクリプション、円滑な会議運営のため②WEB会議サービス使用契約等、に研究費を使用したい。また、関連学会・研究会での発表を企画しており、③移動を含む学会参加(複数回x4名)に加え、対面での会合も行いたい。さらに次年度以降を見据え、国際学会での発表に備えて④翻訳での謝金を計上している。
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