安芸北部の中世鉄生産の技術や歴史的背景、鉄生産を行った製鉄職人(集団)の活動実態を、小見谷遺跡群の発掘調査の結果と出土遺物の化学分析調査および文献史料から窺える同地域の領主層の動向と関連づけて考察した。製鉄遺跡は近隣の吉川元春館跡との関連を想定し15世紀末~16世紀代と予想していたが、放射性炭素年代測定の結果14世紀代まで遡ることが判明した。このことから、吉川氏が厳島神社領であった志路原荘内のこの地域を早い段階で領有したのは、この地における鉄生産を掌握するためであったと想定された。また検出された製鉄遺構は石見南東部に類似例があり、製鉄職人の動向を明らかにするための重要な事例となった。
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