研究課題「イスラエルへの移民に関するアラブ諸国出身のユダヤ人の歴史認識」おいては、とくにイスラエルへ移民したイラク系ユダヤ人、モロッコ系ユダヤ人、イエメン系ユダヤ人を中心に、それぞれの移民がその移民過程とイスラエルでの定住をどのように見ているかを検討することであった。この三つの移民はそれぞれ時期を異にしており、それぞれの入植地域も違っていた。したがって、この三つのユダヤ人移民の歴史認識も、出身地の異なる文化的伝統に依存しており、出身地でのムスリムとの差別と共存の経験の記憶と新天地であるイスラエルでの定住プロセスにおける経験と他の諸ユダヤ人コミュニティとの関係とが複雑に交差するかたちで形成された。 移民後の新たな世代においてもその歴史認識は、コミュニティ内の教育などを通じて共有されており、イスラエル人としての共通の国民意識の形成とともに、それぞれの出身地の過去の文化的な記憶が、音楽、食物、そして過去の経験の語りなどをつうじて保持され、再生産されてきたのである。具体的には、そのような歴史意識はそれぞれのコミュニティが発行するそれぞれの移民過程などが記された出版物に表れており、それぞれのコミュニティはその過去の経験を語りを中心にまとめてヘブライ語で出版している。 本研究では、これらの移民についての過去の経験の語りを通じて分析したが、イスラエル建国前に移民したイエメン系ユダヤ人、アラブ・イスラエル紛争の勃発によって1950年前後に移民したイラク系ユダヤ人、そして1960年代以降モロッコ国王の出国許可によって移民したモロッコ系ユダヤ人の三つのケーススタディーにおいては、それぞれの移民の時期、動機の違い、イスラエル社会への同化の仕方、そしてその後のイスラエル社会で果たした役割のを明確にすることで、それぞれのコミュニティの文化的伝統の違いを浮かび上がらせたのである。
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