研究実績の概要 |
本研究は、紛争解決事例の検討を通じて、特定の地域がイングランド統合王国に統合されていく力学を問うものである。23年度は、R・フェイスによる「中世初期イングランドのモラル・エコノミー」論を手掛かりに、「地域社会の担い手」である農民を、農場主という観点から捉えた。そこから、「生きる権利と世帯の果たす公的義務」という、世帯の持っていた二つの考え方が互恵関係を中核に持ち、これが社会のヒエラルキーを正当化していたことが確認できた。また農民社会における名誉と尊敬は、農民エリートが裁判集会において義務を果たす上で基礎となっていた。こうした発想の元となったフェイスの著書(Rosamond Faith, The Moral Economy of the Countryside: Anglo-Saxon to Anglo-Norman England, Cambridge, 2020)については、現在訳書の出版を計画中である。 23年度はさらに、中世初期文書に付された境界表示に着目し、これが時間の経過とともに詳細化したこと、そしてこのことが、文書を受領した有力者の土地への関心の強化を示す可能性について考察して、論文を執筆した。その際に示唆したのが、境界表示を「モラル・エコノミー」論の視角から解釈することの重要性である。すなわち、領主と住民に共通する価値観や互恵関係を視野に入れた場合に、境界の記録化のための踏査に協力することは、現地住民たちにとっていかなる意味を持っていたのか。ここからは、境界表示が地域住民の社会統合を検討するための新たな素材となる可能性が浮かび上がる。 以上の研究活動に加えて、昨年9月にはUKを訪れ、念願のイヴシャム巡見を実施できた。修道院を中心とする都市プランの特徴を確認でき、詳細な地図も入手した。この巡見の成果を今後の研究に活かすという、新たな課題を得ることができた。
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