研究課題/領域番号 |
21K00931
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研究機関 | 関西大学 |
研究代表者 |
朝治 啓三 関西大学, 東西学術研究所, 客員研究員 (70151024)
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研究期間 (年度) |
2021-04-01 – 2024-03-31
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キーワード | グロステスト / シモン・ド・モンフォール / イングランド国制 / 修道院巡察 / 司教巡察 / 司牧 / アダム・マーシュ / フランシスカン |
研究実績の概要 |
2021年度にはコロナ禍によって海外渡航が制限されていた。2023年制限が一部緩和された機会を利用して、2-3月に渡英し、リンカン大学、リンカン大聖堂古文書室、リンカンシァ文書館を訪れ、羊皮紙古文書や地方史協会発行の雑誌などを転写、複写し得た。国内諸大学図書館をも利用して、口頭発表一つと論文2編を公表し得た。 グロステストの神学に注目する理由の一つは、彼がシモン・ド・モンフォールの国制改革構想の示唆を与えたと見なす説の真偽確認のためである。シモンの業績とされる1265年のパーラメントへの都市民と州代表騎士を召集したことであるが、彼らが将来の庶民院の議員として召集され発言したのか否かを、同時時代の史料に基づいて検証し、議員としての召集ではなく、立会人であったこと、またグロステストには騎士や都市民召集を促す説教が存在しない、という結論を得た。その成果をカナダで開かれた環太平洋中世学会において英語(リモート)で発表した。 グロステストの修道院巡察に関する研究文献を網羅的に調査したうえで論文を作成した。司教の修道院巡察に関しては邦語文献がほとんど存在しないので、欧文文献が必須である。調査の結果、この論点についての議論は1950年代までに終結して、その後は司教の司教区行政の実態が、王国の国制の中で如何なる意味を果たしていたかが中心論点となったことが判明した。そこで1990年代以後の研究史を網羅的に渉猟し重要論点を紹介した。 本年度二つ目の論文では、グロステストの神学内容をもっともよく知る同時代人であるアダム・マーシュからグロステスト宛書簡を分析して、13世紀前半のカトリック教会が西欧の権力構造において果たす役割を解明した。単なる教会の世俗化とされてきた従来説を再検討し、グロステストのアリストテレス注釈から、信仰と人間理性を包含するグロステストの世界観を確認する結論を得た。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
2021年度にはコロナ禍のために海外渡航が困難で、国内所蔵の図書にのみ依拠して研究史を渉猟し、その成果の論文を公表した。2022年度前半にはアダム・マーシュに関する論文を執筆、年度後半に渡航制限が一部緩和され2023年2ー3月に渡英し、リンカン大学、リンカン州文書館で古文書史料を転写、入力した。その成果は次年度の研究に生かされる。 2021年度にグロステストからシモン・ド・モンフォールへの政治的影響力の有無を調べて、2022年度初めにカナダでの国際学会においてリモートで英文で報告した。これによってグロステストの司教としての司牧と、世俗国制への影響とを、統一した神学的世界観によって分析すべきことが判明した。 論文「13世紀イングランドにおける司教による修道院巡察」では、従来の研究史では司教の世俗的行政の一部と見なされていた司教巡察について、これまでの研究史を渉猟し、論点を整理した。その結果、1950年代までの古典的研究が注目していた、修道院の免属特権の摘発や、聖職禄占有・世俗化傾向の摘発はグロステスト巡察の重要課題ではないことを発見した。次は司教による司牧の一環としての巡察が、国王裁判権との競合とみなす法制史学上の論争を、歴史学側から再検討することである。 その課題に応える研究として論文「アダム・マーシュからグロステスト宛書簡」を執筆した。アダム・マーシュがグロステストに当てた書簡をすべて調査し、グロステストの神学上の確信、特に司牧の徹底を裏付ける文言を書簡の中に求めた。その結果、グロステストの信仰と学問の関係についての見解について、新知識を発見し得た。グロステスト思想は13世紀イングランドの社会的ニーズに応じて現れたといえる。 13世紀前半のイングランドの聖職者、国王や諸侯、都市民や農民へのカトリック神学思想の普及経路を解明し得た。司教区行政の精密な研究が次の課題である。
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今後の研究の推進方策 |
M.バーガーの司教行政史研究の成果を踏まえつつも、視角を変えて、未刊行の司教行政文書を解読分析する。 司教による修道院巡察によって解任された11名の修道院長の人名同定と、彼らの解任理由の解明を目指す。ハートリッジが唱えた説すなわち、修道院による教区十分の一税の収奪を止めるために巡察したという説は、解任理由の解明を欠いている。司教区行政を詳細に実証できれば、むしろ巡察は村の信徒の司牧を担う教区司祭の司牧能力向上と、カトリック神学の普及が目的であったことを結論し得るであろう。 と同時に、グロステストの弟子であるロウジャ・ベイコンが唯名論を展開する前提としての、グロステストによるアリストテレス倫理学の受容の仕方が後世に及ぼした影響を解明する。その結果シモン・ド・モンフォールが目指した国制改革は、グロステストの指示によるというよりも、13世紀後半のイングランド王国が直面していた、帝国的国制の弛緩に対処するための、カトリック信仰体の中での、周辺諸国に対する「主権を持つ王国」の形成につながる改革であって、それはシモンの死後に国王ヘンリ3世の息子のちのエドワード1世によって継承される性質を持っていたことを実証し得るであろう。 初年度と第2年度(2021ー22年度)には海外からの研究者の招聘が、コロナ禍のために困難であったが、もし制限が緩和されたなら、将来リンカン大学ルイーズ・ウィルキンソン教授を日本へ招聘して、リンカンシァの在地研究についてより詳しい指導を受けて、これまでに達成した、日本の大学図書館の書籍だけでなし得ていた水準を超えて、人名や地名、教区ごとの信仰共同体についての情報を盛り込んだ研究を遂行しようとを計画している。その成果をまず日本語論文として公表する。さらにできれば欧米の学界で公表するか、英文で論文として公刊したい。
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次年度使用額が生じた理由 |
2021、2022年度にはコロナ禍のために海外渡航が困難で、予定していた外国旅費や、英国の大学の研究者を日本へ招聘する費用などが積み残された。2022年度中の規制緩和後、2023年2~3月に海外渡航した。2023年度には、コロナ規制がさらに緩和されれば、自身の渡英による文書館での史料調査及び、英国人研究者の招聘計画を前進させて、残額が使用される予定である。 渡英する必要は、司教による司教区内の教区教会や修道院への巡察に関する歴史事実を同定するための史料が刊行されておらず、手稿本の状態で文書館に保存されており、それらを現地に出向いて転写し入力するためである。また新しい研究が公刊されたか否かについて、現地人研究者との会合に出向いて意見を交換する必要もある。幸いリンカン大学から、客員教授に任命されて、図書館を利用する資格を得たので、リンカン大学研究者との会合を実施しやすくなった。
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