研究課題/領域番号 |
21K00937
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研究機関 | 茨城大学 |
研究代表者 |
伊丹 一浩 茨城大学, 農学部, 教授 (50302592)
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研究期間 (年度) |
2021-04-01 – 2026-03-31
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キーワード | フランス / オート=ザルプ県 / 山岳地 / 災害対策 / 農村経済 |
研究実績の概要 |
2021年度において、本研究では、19世紀フランス・オート=ザルプ県における災害対策のうち、最も重要なものであった荒廃山岳地の植林事業に関連してなされた製酪組合普及に関する政策について分析した。これは、植林事業により牧野を剥奪された住民を融和するべく農村経済活性化の一環としてなされたもので、県会議事録、県文書館史料(オート=ザルプ県文書館整理番号7Mに所蔵のもの)、同時代人の技術書や組合運営マニュアルなどを分析し、当県における災害対策と農村経済の相克の側面や共鳴の側面を炙り出すべく、その基礎的な事項や事実を把握する作業を行った。 県会議事録は、当県において製酪組合に対する補助金などによる支援が本格化する1870年代から20世紀初頭までを対象として、県知事報告、森林行政当局による報告、県会議員らによる議論や要請を検討し、製酪組合の運営の実態や抱えていた問題、それへの対応策や限界を分析した。 また、県文書館史料についても、以前、収集していたものについて、同じく、県行政当局による行政資料や、財務省や農業省による行政資料の検討を行い、山岳地の植林事業との関係や製酪組合普及政策の中央や行政と地域住民との意図の共通と限界を分析した。 さらに、同時代人の技術書や組合運営のマニュアルに関しては、製酪の技術的特質と、それに由来する組合の経営や運営の特徴ならびに問題点やそれへの対応策について検討した。特に、個別農家による製酪ではなく、彼らが複数集まり共同して実施する製酪であることによる困難や財政的支援の必要性などについて分析を行った。 以上のような検討と分析により、オルシエール村、サン=ローラン=デュ=クロ村、リストラ村などで国が模範組合を創設し、県内山岳地住民に製酪組合を普及させようとしていたことを明らかにした。それぞれ良好な運営が見込まれると判断され、他の模範になると期待されたのである。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
上記の研究実績の概要で記したように、2021年度において、19世紀フランス南部オート=ザルプ県における災害対策と農村経済の相克・共鳴について明らかにする基礎作業として、県会議事録の検討、県文書館の関係史料の分析、同時代人の製酪組合に関わる運営マニュアルや技術書の検討を行ったところであり、その作業によって、県内製酪組合の運営の実態や課題、行政当局における政策的意図や問題意識、ならびに、実際に実施された補助金政策等の政策の内容やその帰結、地域住民の要請と行政当局との共鳴と相克、製酪組合における技術的特質と組合運営の抱える難点や財政的な困難などを明らかにすることができている。 それはすなわち、2022年度以降、コロナ禍の終息を待ち、可能な状況となった暁に実施を予定している現地における史料調査を効果的に効率的に実りある形で実施するための基礎となるものであり、その十全な準備をするためのものであった。 実際、オルシエール村、サン=ローラン=デュ=クロ村、リストラ村などで国が補助金を交付し、政策実施において拠点となるような組合を創設しており、研究対象とするべき事例を炙り出すことができている。さらには、それだけではなく、補助金額は、これらの村の製酪組合程ではないかもしれないが、しかし、地域住民のイニシアティブにより、同時期に飛躍を見せようとしている組合の存在も上記史料の中で示唆されている。こうした現地調査の対象とすべき組合を炙り出すことができているのであり、研究の進捗状況に関しておおむね順調に進展しているということができると考えている。 さらには、製酪における原料の品質管理や乳量の統制などについて、複数の農家が集まる組合であるがゆえの問題と近代技術の未成熟とによる特有の困難を抱えていることも明らかにしており、これもまた、今後、本研究で追究すべき課題を明確化することができていると考えている。
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今後の研究の推進方策 |
上記に示したように、本研究の進捗状況はおおむね順調であり、したがって、2021年度の研究実績をもとにして、今後の研究を推進していくことを考えている。まずは、ここでも県会議事録について、特にこれまでに指摘してきた重要性を持つ模範組合について、その経営状況や生産物の内容、生産額、コストなどが報告されているケースがあるので、そうした情報をできる限り入念に収集する。また、そうした情報をもとにして、森林行政当局や県会議員が政策を実施しようとしたり、行政当局に対する要望や要請を提出しているところであるので、そうした見解についてもできるだけ多く収集する。また、模範組合だけではなく、地域住民が主体となって、創設された組合もまた重要な役割を果たしていることが考えられるので、そうした組合に関わる情報も精力的に収集したい。さらに、本研究の枢要点である山岳地の植林事業との関連も、もちろん、県会において報告されたり、議論されたりしているので、そうしたものに関しても情報を収集する。 そして以上のような事項に関して、県会議事録だけではなく、オート=ザルプ県文書館所蔵の史料でも多くの情報を収集することを考えている。以前、予備調査的に製酪組合に関わる資料の一部をデジタルカメラにて撮影したことがあるので、とりあえずはその資料に関わる分析を実施するが、その後、コロナ禍の終息を待って、現地に赴き、補完的な分析を実施することを考えている。 さらに、同時代人の技術書や組合運営のマニュアルについて、特に1896年に出版された森林官ブリオによる著作などの中で、詳しく記述がされているので、そうしたものを参照しながら、当時の行政当局の問題認識を明らかにする。特にオート=ザルプ県の事例に即した形での記述がないか気を付けながら、模範組合に関わるものはもちろんのこと、加えて、その他の組合に関連する情報も入念に収集する予定である。
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次年度使用額が生じた理由 |
2021年度には、コロナ禍等の影響により、オート=ザルプ県文書館やパリ近郊に位置する国立文書館での現地調査を実施することができなかった。また、そのかわりに、フランスから製酪組合や山岳地の植林事業に関わる出版物等の購入・取り寄せを検討したが、一部の購入・取り寄せは実現したものの、中には時間を要することが懸念されるものも含まれており、年度内に会計的処理が間に合わない可能性を考えて、そうした書籍等については購入をしなかったため、その分の使用を2022年度以降に延長することにした。 なお、その未使用分を2022年度に現地調査の旅費等に使用することは、コロナ禍等の情勢について、なおも予断を許さないところがあると推量されることや、また、2022年度は研究期間5年のうちの2年目であることを考慮して、フランスの文書館における史料調査の実施は見送ることとし、かわりに、前年度に購入を断念せざるを得なかった図書や出版物も含めた関係資料(例えば、フランスの製酪組合史に関わる図書、比較の対象として情報収集が必要な現代フランスの製酪を分析した研究書、同じく、比較の対象として情報収集が必要な日本の畜産史、製酪史、山岳地農業、山岳地畜産に関わる図書や資料等)の購入や取り寄せのための経費として使用することを予定している。
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