研究課題/領域番号 |
21K01058
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研究機関 | 神戸大学 |
研究代表者 |
王 柯 神戸大学, 国際文化学研究科, 名誉教授 (80283852)
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研究期間 (年度) |
2021-04-01 – 2025-03-31
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キーワード | ウイグル / 亡命者 / 歴史的心性 / 普遍的価値 / 文化人エリート / 喪失感 / 資本主義社会 / 記憶 |
研究実績の概要 |
5、6月にアメリカのウイグル人社会を調査し、複数の亡命ウイグル人に対する聞き取り調査を行い、調査の重点は亡命ウイグル人の集合心性と故郷(新疆ウイグル自治区)における過去の生活とその記憶との関係性、とくに亡命先における日常生活がこの「記憶」にいかに影響を与え、そして影響されているかについてである。その調査結果についての分析と理論的整理は現在順調に進んでいる。 故郷においてうけた民族差別と民族文化歴史の歪曲に対する屈辱感、思想・言論・信仰の自由が奪われた抑圧感、厳しい弾圧への恐怖感は、亡命ウイグル人の集合心性の基礎となっている。これについて拙著『ハイテク専制国家 中国』の第9章「少数民族差別、内に向けられた民族主義の刃」に反映されている。 差別を受けていた亡命ウイグル人は、自由・平等・民主主義・法治・人権の理念に対して強い憧憬を持つ。しかし亡命ウイグル人の「過去」とその「記憶」は、亡命生活の現状と深く関連しており、とくに一部の文化人エリートにとって負の遺産にもなっていると分かる。それは、喪失感の大きさに関係すると推測される。 亡命ウイグル人は、故郷や家族との別れによって一律に喪失感をもつ。文化人エリートは、亡命で自分の価値を生かす民族文化の土壌を失い、民族文化のエリートの故、外国において「民族的」市場の狭さに苦しめられたため、喪失感がとくに大きい。これは、民主主義と市場主義を原理とする資本主義社会との関係性についての理解不足によるもので、エリート層の年齢が比較的に高いため言語の習得と新たな就職の難しさ、さらに健康と老後に対する不安などの客観的要素とも関係する。様々な不利な要素がサイクルになり、そこで「記憶の選択機能」が作動し、記憶は過去の客観的な記録だけではなく、現在の状況を正当化し自分を納得させるために解釈された部分も多く見られる。以上の研究成果について現在論文をまとめている。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
4: 遅れている
理由
本研究の主な研究手法は、亡命ウイグル人についての現地調査とそこで得た結果についての分析である。しかしパンデミックのため、現地調査は一年遅れて、二年目にはじめて実施できたが、一回の調査で入手した資料が限られ、またそれについての分析の開始が遅れたため、研究は全体として遅れている。
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今後の研究の推進方策 |
現在一回目の調査結果についての分析はおおむね順調に進んでいる。今年度においてさらに多くの亡命ウイグル人について聞き取り調査も計画している。ここまで得た結論に対する検証を含み、今度の調査の重点と目的は、1,文化人エリートにだけではなく、亡命先の社会で一般の職業に就いているブルーカラーのウイグル人についても聞き取りを行い、「喪失感」の内実を掴み、分析する。これに関しては、すでに前回の調査で知り合ったウイグル人労働者を通じて実施することになる。2,亡命者の政治意識について調査。そのなかで、とくにウイグル民族権益を守るために政治運動に投身する人物の政治意識、その形成背景を調査する。3,亡命ウイグルの亡命先の漢民族移民との関係を調査し、その関係性を分類した上で、それぞれの原因を分析する。
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次年度使用額が生じた理由 |
1,アメリカ亡命ウイグル人社会のリーダーを日本に招聘し、研究会を行い、共同で日本各地のウイグル人社会を訪問し、調査を行う。 2,アメリカのウイグル人社会におけるフィールドワーク調査を行う。
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