本年度は最終年度ということもあり、成果報告に注力した。新型コロナウイルス感染症パンデミックの影響のため、当初予定していたヴァヌアツでのフィールドワークを実施することはできなかったが、これまでに得られたデータと文献研究により、より新たな展開を生み出すことができた。 昨年度までに明らかにした通り、彼らの人格は社会的な人格(特殊性)と、代替不可能性としての人格(単独性)に大別することができる。そして前者は循環する歴史観に、後者は一回性の歴史観に支えられている。 ただし両者は離接的なのではない。本年度は、両者が再帰的に影響し合っていることを明らかにした。具体的にいえば、墓、遺品、SNSなどを通して、ヴァヌアツの人々は死者を思い出す。そこで想起される人格は単独性である。だが、それだけなのではない。そこで顕現した単独性は、未来の同名者へと係留される。つまり単独性と特殊性はつねに連関している。墓やSNSといった近代以降に導入された「想起のメディア」は単独性だけでなく、特殊性をも再生産している。 こうした事例を踏まえ、ヴァヌアツ・アネイチュム島の経験した特異な歴史を考慮して、人格は「単独性か特殊性か」と二者択一なのではなく、両者が共在したものなのだと結論づけた。 これまでの人類学的な人格論は、M.ストラザーンの「dividual/individual」という対比軸から論じられることが多かったが、本研究はそれとはまったく違う新機軸を打ち出した。その最も大きな成果として、3月に単著『共在する人格:歴史と現在を生きるメラネシア社会』(春風社)を出版した。
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