研究課題/領域番号 |
21K01079
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研究機関 | 金沢大学 |
研究代表者 |
西本 陽一 金沢大学, 人間科学系, 教授 (00362012)
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研究期間 (年度) |
2021-04-01 – 2026-03-31
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キーワード | 人類学 / 他者理解 / 語り / ラフ / 東南アジア / キリスト教 / 伝統宗教 / 日本社会 |
研究実績の概要 |
北タイ・ラフ族の間には「ラフ(人/民族)」という語を用い、自民族集団の不変の性質とされるものについて、否定的に述べるという語りのスタイルが存在する。ラフ住民による独特の語りのモチーフとスタイルについて本研究は、1.集団独特の語りの形式には、その集団の歴史・社会的な経験が大きく関わる、2.キリスト教会の活動は総合的な開発政策であり、被改宗者に近代西洋的な価値観と規律をすり込み、饒舌性、包括性や形式性という点で、語りの形式に影響する、3.生々しい原体験が、集団成員の精神の中に、構造と一貫性をもって基礎づけられないことが「困難な語り」という現象をもたらす、という3つの作業仮説をもって検討する。 本研究は、東南アジア大陸部に暮らす山地少数民族ラフを対象として、彼(女)らの自集団についての種々の語りを記録し、歴史・社会コンテクストの中に置き、独自のアプローチを用いて内側からの理解を試みる。少数民族ラフによる自集団についての語りの研究を通して、(1)普段その人たち自身の「声」声を聞くことの少ない周縁者集団の人々の「経験」(認識、感情、希望などの総体)を「住民の視点」に出来るだけ近づいた形で理解すること、(2)語りを材料に他人を理解するという他者理解の問題について理論的な貢献をおこなうことを目的とする。特に、(a)キリスト教化とは「文明化である、(b)キリスト教徒ラフと伝統派ラフの語り状況の違いは宗教経験の違いから形成された、(c)原体験を経験にうまく基礎づけられないことが沈黙や語りがたいという現象をもたらす、という作業仮説を、フィールドワークと理論研究によって検証してゆく。 コロナ禍で海外フィールドワークが困難なため、日本の地域社会をフィールドに加えて、語りを通した内側からの他者理解という理論的な点に関して、ラフ住民と日本の地域社会住民の語りについての比較研究を進める。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
【調査研究】初年度2021年度は、継続するコロナ禍のため、海外現地調査は不可能であった。そのためにラフ族の他に、語り研究の対象集団として、日本の地域社会住民を追加し語りを収集整理し、少数民族ラフ族との本格的な比較研究の準備をおこなった。 【成果発表:口頭発表】コロナウイルスによって研究発表予定だった①14th International Conference on Thai Studies、②7th Conference of the Asian Borderlands Research Network、③米国Duke大学主催会議「東南アジア国境域におけるキリスト教、近代性、民族性」(招待発表)の全てが2022年に延期された。 研究発表テーマは、①は「北タイ・キリスト教徒ラフ住民による『ビルマ』の語り」であり、不均衡な民族関係が形成するラフの語りを考察している。②は「東南アジア諸民族の正書法」パネルにおける「山地少数民族ラフにおける複数の識字」と題する発表で、無文字社会への文字の導入の問題を取り上げる。③では、「山地少数民族におけるキリスト教化と語りの様式変化」と題する発表で、「文明化政策」としてのキリスト教と語りの形式性との関係を考察するものである。 【成果発表:論文発表】日本語の論文については、新しく事例に加えた日本の地域集落について、地域の歴史・社会的コンテクストを示す、概要、人口と世帯、地区組織についての論考を発表した。ラフ族と日本の地域社会住民の語り研究についての本科研事業の年次報告書として「2021年度年次報告書『内側からの他者理解のための語り研究への新しいアプローチ』」(107ページ)を作成した。
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今後の研究の推進方策 |
【調査研究】本年度も、海外フィールドワークの実施が危ぶまれている。ラフ族の語り研究については、既存のデータを再整理して、成果発表をおこなう。平行して、日本の地域社会の住民の語りの調査研究を継続し、本研究事業を比較事例研究として発展させる。 【成果発表:口頭発表】延期となった国際学術会議のうち、①は4月29~5月1日にオンライン開催となった。既に発表動画を会議サイトに登録し、英文発表原稿の論文化を進めている。②は6月末の韓国での対面開催となったが、申請パネルの他メンバーが不参加を表明したため、参加取りやめとなった。代わりに国内にてパネルメンバーで、識字と正書法に関する共同研究を進め、成果出版(英語)を目指す。同時に、同テーマに関する日本語による成果発表のために、日本タイ学会研究大会(7月9~10日)にて研究発表をおこない、学会誌『年報タイ研究』に論文を発表する。③については、2022年10月28~29日に対面開催となったため、渡米し「キリスト教化とラフ族の語りの変化」という題の研究発表をおこなう。この他に新たに、2022年10月12-13日にインド開催のAAWH 5th Congress(Asian Association of World Historians)にて「山地少数民族ラフによる歴史的な出来事の伝承化」の問題について研究発表をおこなう。 【成果発表:論文発表】日本の地域社会住民の語りの研究については、本年度に『日本海域研究』(査読あり)にて論文発表し、来年度以降、全国学会雑誌に論文を発表する。国際会議①での発表論文は、今年度中にAsian Ethnicity(査読付)雑誌に発表する。国際会議②と③による研究は英文による出版が計画されている。②での発表論文は、日本語化して『年報タイ研究』に発表する。
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次年度使用額が生じた理由 |
2021年度の少額の残額は、健全な予算使用のために無理に使い切ることをしなかったためのもので、そのため次年度使用額が生じた。 2022年度の使用計画は、コロナウイルスのために不透明な部分が残っている。海外フィールドワークが可能になった場合には、旅費(タイ)、語りデータの文字起こし費、国際会議参加旅費(インド)、英語論文校閲費を計画している。 海外フィールドワークが不可能な場合には、語りに関する理論研究、タイ・ラフ族の既存データの利用に加えて、日本の地域社会住民による語りの調査研究に力を入れる。図書費、語りデータの文字起こし費、国際会議参加費(インド、台湾)、英語論文校閲費を計画している。
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