研究課題/領域番号 |
21K01082
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研究機関 | 京都大学 |
研究代表者 |
酒井 朋子 京都大学, 人文科学研究所, 准教授 (90589748)
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研究期間 (年度) |
2021-04-01 – 2025-03-31
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キーワード | 環境 / 日常 / 感覚 / 身体 / 住まう視点 / 衣食住 / 原発事故 / 双葉郡 |
研究実績の概要 |
本年度はとくに以下の事柄について知見が深まった。1)作物を育て、あるいは採取し、それらを食べたり、加工したり利用してなにかを作るおこない。 2)住民らの原発事故後の避難の経緯や移住の経緯。 3)地域での子育てをとりまく自然環境、社会環境、制度。 4)食物・水・場所の放射線量の公的・私的な調査と検査について。また理論的な視座も深まっている。ハイデッガー-インゴルドの「住まう視点」、感覚人類学、汚染の議論について体系だてて文献収集と読解を進めた結果、本研究の理論的視座がクリアになり、調査事例との有機的なつながりが明らかになってきた。 現地調査については、福島県浜通りの双葉郡を3度訪れ、密度ある情報を入手した。5月と9月には福島第二原発の立地自治体である富岡町と楢葉町で、3月には上記2町に加え川内村でも調査をした。自治体関係者やNPO関係者のほか、調査のなかで知り合った住民の方々のもとを訪れ、貴重な現場を見せていただき聞き取りも行った。地域のさまざまな場所の状況をみずから体感・記録することもできた。 研究成果の公開については、まず2022年9月に刊行されたヨーロッパ社会人類学会の学会誌Social Anthropologyで査読論文を発表した。また口頭では、以下の3つの機会で発表を行っている。1)「感知されるものとその向こうーー東電福島原発近隣地域における暮らしの感覚人類学」京都大学人文科学研究所「環境問題の社会史的研究」班、2022年11月。 2)「Attention, experiments, and everyday life: Dwelling in areas near the Fukushima nuclear power stations」京都大学人文科学研究所「Ecologies of Experimentality」研究班、2022年12月。 3)「Attentive to what is sensed and beyond: Everyday life in areas near the Fukushima nuclear power stations」Anthropology of Japan in Japan (AJJ) Annual Meeting 2022, 2022年12月。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
本年度は、プロジェクトが大きく進展した年度だったと言える。考察・分析の素材が豊富に集まり、地域の社会背景に関する理解がより分厚く多層的になり、研究の焦点も絞り込まれた。また研究成果の公開も各所で行うことができた。 昨年度までは「原発近隣地域における日常生活のなかでの営みと場所とのかかわり」と、やや曖昧に設定されていた問題関心が、「汚染の脅威もある環境のなかで『住まう』ことを、マテリアルで身体的な次元を注視しつつ記述・考察する」という形で明確化した。具体的な掘り下げ方としては、食にかかわる営みや住まいの選び方や維持、子育て、余暇活動などにおける物理的・身体的な位相に焦点をあて、感覚人類学の議論をふまえて分析・考察する方向性へと焦点が絞られてきた。 Social Anthropologyに発表した論文"Humour and the plurality of everyday life: Comical accounts from an interface area in Belfast "は、先行研究レビューと理論分析の部分で日常生活における身体的な営みの性質や、日常の生活環境の物理的な条件に着目することの重要性を議論しており、理論面で本研究と深く接続されている。この雑誌は人類学分野で国際的に評価された学術雑誌であり、その査読を通ったことは本研究の理論的洗練を示すとともに、研究成果を国内外に広く発信することにもつながったといえる。 本研究の事例を分析・考察した研究成果の公開としては、国内研究会で1件、国際ワークショップで1件、国際学会で1件行っており、いずれの場でも有意義な議論を交わされ、今後の助けとなるコメントもえることができた。
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今後の研究の推進方策 |
本研究の目的は東京電力福島原発の近隣地域において、人々がどのように「生存の継続」にかかわる営み、あるいは(持続可能で当人にとってできるだけゆたかなかたちで)「生活を送る・回す」ための営みをおこなっているのかを、周辺環境との物質的・身体的・感覚的なかかわりに着目して探求することである。同時に、それらの営みの基盤となる「場所の文脈」の描出のために、地域の政治経済史・環境史を新たな観点から再読し描出し直す。 2022年度には衣食住の日常的営みにおける周辺環境とのかかわりについて、および子育てや移住をとりまく現状について深めてきたが、2023年度はこれらに関する事例を引き続き集めていくほか、以下の事柄を調べたい。1)地域内のそれぞれの「場所」が社会的・政治的に有するコンテクストについて。どのような背景の人が住んでいたか、帰還者の分布、文化史・社会史のなかでの意味合いと重要性について。 2)1と関連し、墓地や寺社との人々とのかかわりについて(とくに、繁茂する植物の伐採や寺社の空間と建物の維持など、そのマテリアルな側面に注目して)。 3)双葉郡から避難し、関西エリアに今も住んでいる方々の置かれた日常的状況について。 「場所」は、その場所にゆかりがあるが、現在はそこに住んでいない人々とのかかわりによっても構成されている(D.マッシー『空間のために』)。その問題意識のもと、原発事故後に双葉郡を離れ現在も別の土地で暮らしている人びとの暮らしを研究の視野に含めたい。双葉郡の調査でえたつながりから、関西の避難者ネットワークにアプローチする予定である。 成果公開として、現在は2022年度の調査におもにもとづく英語の査読論文を執筆中である。本年度中のアクセプトをめざしたい。
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次年度使用額が生じた理由 |
2021年度は新型コロナウィルス流行の影響により現地調査がほとんどできず、旅費支出が想定より少なくなった。2022年度は当初の予定より多くの回数の調査を行ったが、2021年度からの繰越分はまだ支出しきってはいない。しかし、2023年度にも当初予定より1回多い現地調査を行う予定であり、英語での成果公開を増やす予定でいる。旅費および英文校正の謝金などで2023年度・2024年度には多くの支出が予想されているため、問題なく予定の金額を使い切る計画である。
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