研究課題/領域番号 |
21K01082
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研究機関 | 京都大学 |
研究代表者 |
酒井 朋子 京都大学, 人文科学研究所, 准教授 (90589748)
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研究期間 (年度) |
2021-04-01 – 2025-03-31
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キーワード | 環境汚染 / 原発事故 / 日常 / 衣食住 / ランドスケープ / 場所 / 住まう視点 |
研究実績の概要 |
本課題の成果発表として国際セミナーでの研究発表を行ったほか、国際学会誌に研究論文を投稿し査読が進行中である。また理論面に関わる成果公開としては、ウィーンで開催された国際学会に招待され研究発表を行った。また、東京電力福島原発近隣地域での現地調査を2回実施した。 以下、より具体的に述べていく。まず国際セミナーでの発表は、第2回台湾大学・京都大学人文科学研究会「近代化を考える」(2023年6月30日、京都大学人文科学研究所)にて行った、「原発事故後の土地でものを育て、採り、食べ、住まうということ:福島県富岡町・川内村における人と生活環境」と題する口述発表である。また国際学会“Humorous Art and the Articulation of Everyday Practices: Narratives from Palestine and Beyond”(2023年7月3-4日、オーストリア科学アカデミー主催、ウィーン市内にて開催)では、“Laughter and the Physicality of Everyday Tasks and Activities: Thinking with some Anecdotes from Belfast”というタイトルの研究発表を行った。原発事故後の福島県とは異なるフィールド事例に言及しているが、危機的状況の余波が続く状況下での日常生活と衣食住の物理的条件に着目している点で本研究課題と理論面では接続されている。 現地調査は10月と3月に二度実施した。今年度はとくに東京電力福島原発近隣地域における日常的な生の営みと周辺ランドスケープとの関わり(「絡まりあい」)に着目し、双葉郡川内村で集中的に調査を行った。この調査内容にもとづき英文の学術論文を執筆し、現在、国際学術誌に投稿中である。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
本年度は、昨年度・一昨年度よりさらに焦点を絞り込んで現地調査を行うとともに、国際的な学術研究の動向の中に本課題を位置づけ、新しい理論的貢献を行う立論作業を行った。 本課題は東京電力福島原発の近隣地域における2011年の事故後の日常の営みを、モノや場所との身体的かかわりに着目して記述・分析していくものである。昨年度はこれを、人間の生活をランドスケープの一部ととらえる「住まう視点」(インゴルド)から考察したが、今年度はさらに、近年理論的関心が高まっている汚染や毒性toxicityへの人類学的なアプローチをふまえて考察を行った。これによって本研究は、人新世的転回やnatureculture論以降の視座におけるランドスケープ論の可能性を提示するものになったと考える。 事例としては、原発が立地する双葉郡近辺で長らくさかんに行われてきた自家消費用野菜栽培や野生の山菜・茸の利用、狩猟、釣りなど環境の中での活動に焦点を当てた。これらは食物の獲得、リフレッシュメント、趣味、周辺環境のケアなど多様な意味を有し、地域社会にとって重要な意義を持つとともにランドスケープを特定の形に形成してきた。こうした活動は、原発事故後の環境の汚染によって困難に直面するが、多くの地域住民は放射能汚染の脅威を推しはかりながら環境に深くコミットした生活形態の可能性を模索している。現地調査では、古くから環境に根ざした自給自足的な生活形態が送られている川内村で集中的調査を行い、日常的な環境利用や食品検査所の利用実態について調査した。この内容を上記の理論的視座のもとに分析した成果を複数のテーマで立論しており、一つは現在論文として投稿中、もう一つは6月の日本文化人類学会(北海道大学)で発表することが決まっている。
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今後の研究の推進方策 |
本研究が調査・記述する具体的事例内容、その分析の理論的方向性、および研究全体の意義については、2023年度までの研究進捗のなかでおおむね定まった。最終年度である本年度は、研究成果の発表に尽力するとともに、研究の意義をよりよく伝え、明確にするための補足的調査や文献調査・分析を行っていく。 まず、2023年度までの調査と理論的作業で明らかにした内容を論文として活字にする。そのうち一つは、地元住民の生活と関係の深い動植物・菌類について、それらと人間の活動が交錯する場で何が起きているか、また放射能の脅威がその交錯にいかなる影響を及ぼしているかを論じていくものである。これは英文論文として執筆しており、Cultural Anthropology誌あるいはCurrent Anthropology誌へ投稿することを検討している。もう一つは、死者との関係や墓の管理における環境とのかかわりのなかに、事故後、放射能汚染がどのように介在してきたかという関心である。これは今年度は研究会での口述発表とし、来年度以降の論文刊行をめざす。現地調査では、地元の菌類研究会や、猪など野生動物への行政や住民の対処に焦点を当てるほか、寺院の関係者や住民に墓管理に関する聞き取りを行う。また、村史や町史をはじめとする文献調査を継続し、地元のランドスケープや住民の生活様式の歴史変遷について、より妥当で多角的な記述をめざす。 なお研究代表者は、2023年度に日常生活における汚染との関わりをテーマとする共編著(『汚穢のリズム:きたなさ・おぞましさの生活考』左右社、2024年)を出版した。理論的には本課題と深く関わる内容であり、出版にともなう種々の学術イベント活動の中で、本研究の成果も積極的に発信していく予定である。
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次年度使用額が生じた理由 |
今年度はほぼ予定通り支出したが、前年度からの繰越金額が大きかったため、次年度使用額が生じた。当初の予定よりも英文校閲費用などの支出が増える予定であるため、2024年度末までに支出しきる予測となっている。
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