最終年度は、現代世界のナショナリズムの潮流についての理論状況を背景にして、日本の問題に焦点をあてた。とくに、これまでの研究成果を土台にして、2本の論文を公表した。 1つは、2022年度に、大阪公立大学大学史資料室が主催したシンポジウム「恒藤恭とナショナリズム」での口頭報告を大幅に加筆修正して、「恒藤恭と南原繁-民族と平和」と題する論考を『大阪公立大学史紀要』第2号に発表した。この論説では、恒藤恭と同時代の政治学者・知識人・東大総長であった南原繁の議論とを比較しながら、戦前・戦中における学問的構え、戦後直後における日本「民族」の再生・更生と戦後民主主義のあり方、サンフランシスコ講和条約前後の平和問題と日本のナショナリズムとの関連、といった3つの局面で比較した。南原が専攻していた政治学史を基礎に、民族国家の意義を一貫して強調するのに対して、恒藤は民主主義的に方向づけられたナショナリズムの再生を視野に入れつつ、新憲法の重要性を、いわば啓発するスタンスをとったという特徴を指摘できた。議論の射程について、また、社会的な影響について、それぞれ一長一短があるものの、今後、ナショナリズムと国際法学を検討するうえで顧みる必要があるものであった。 もう一つは、この議論を引き継ぐ形で、1960年代の恒藤恭の学問的営為を再検討したものである。筆者が編集代表となった『民主主義の深化と真価』と題する書物の最終章で、「恒藤恭と憲法問題研究会」として掲載した。これは恒藤が晩年まで知識人共同体を通じた日本の民主主義伸長が重要であることを認識し、どのように努力したかを跡付け、社会科学と実践との架橋の重要性を議論した。 なお検討すべき課題は多いが、3年間で出された成果をもとに、まとめに入る段階となった。
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