研究課題/領域番号 |
21K01177
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研究機関 | 一橋大学 |
研究代表者 |
相澤 美智子 一橋大学, 大学院法学研究科, 教授 (50334264)
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研究期間 (年度) |
2021-04-01 – 2025-03-31
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キーワード | 労働法 / 日本国憲法 |
研究実績の概要 |
「『企業のための労働法』の生成と展開」を疑問視し、その原因究明を目的とする本研究において、2023年度は主として企業の配転・転勤命令権なるものが法的に是認されるのか否かにつき研究した。 わが国の企業は長期的雇用を前提とし、使用者が職務内容や勤務場所を特定しないで労働者を採用し、必要に応じて配転・転勤させるという慣行が広く普及している。こうした企業実務ないし慣行を容認するのが労働法学における有力説および判例であり、使用者には人事権の一環としての配転・転勤命令権があるとする。その法的論拠となっているのは、就業規則における配転・転勤条項である。しかし、配転・転勤命令は、労働者の生活の重要な一部をなす家族生活に支障を来すことがあり、企業実務・有力学説・判例によっては労働者の権利(職業生活だけで完結するわけではない生活全般に対する自己支配権)および尊厳を保障することができず、結果的に日本国憲法に反する社会的状況を生み出す。 以上のような問題の原因である就業規則による配転・転勤条項につき、有力学説は就業規則を「約款」と捉えて、その内容に合理性があり、それが周知されていれば、法的効力を有すると説明して、使用者の配転・転勤命令権を肯定する。しかし、「約款」がいかなる要件の下で法的効力を有するのかについては、民法学に膨大な研究の蓄積があり、労働法有力説はこれを無視して、「企業のための労働法」の生成と展開に加担してきた。研究代表者は、日本国憲法および民法学(約款に関する一連の研究)に照らして労働法学有力説の問題点を指摘しつつ、使用者は労働者を配転させようとするかぎり、その都度、個別的同意をとらなければならないことを、換言すれば、就業規則の配転・転勤条項は、労働者側に配転・転勤命令を拒否することができる旨を規定したものでなければ、日本国憲法の体系のなかでは許容されないことを論証した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
配転・転勤問題に関し、2つの論文を発表することができた。 1本目の論文は、労働者の職業生活と家庭生活の両立を困難にするような企業の配転・転勤命令、そしてこれを可能にする就業規則の配転・転勤条項が、労働契約という取引契約を身分契約化させる機能を有しており、これが日本国憲法の精神に反していることを論じた。また、この研究においては、裁判所が企業の配転・転勤命令権を権利濫用という観点から制約することがきわめて少ないことを、とりわけ、働き続けながら親の介護をしていた男性労働者に対する配転・命令ついては、「配偶者である妻に家族のケアをしてもらうことができたのに」という発想から、企業には権利濫用がなかった――あるいはその程度が小さかった――と判断することが多いことを明らかにし、労働者を「家族責任不在の男性」と捉えていることを浮き彫りにした。 企業が労働者に配転・転勤を一方的に命じることができる一方で、労働者にはこれを拒否する自由がないという法的仕組みは、就業規則の配転・転勤条項によって構築されている。2本目の論文は、これまでの企業実務、これを追認する労働法有力学説・判例を、日本国憲法および民法・民法学に照らして批判し、「就業規則条項はいかなる要件の下で法的効力を有するのか」という問題につき再検討した。以上より「企業のための労働法」の生成と展開という本研究課題にいっそう迫ることができたと考える。
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今後の研究の推進方策 |
就業規則は企業が一方的に定めるものであり、「企業のための労働法」の形成と展開を可能にする法的仕組みの大きな一部をなす。また、この就業規則こそが、本来は取引契約である労働契約を身分契約と変わらないものにするという機能を有していることが見えてきた。とはいえ、就業規則を作成しているのは、何も日本の企業だけではない。諸外国の企業も就業規則を定めている。このように考えると、就業規則規定それ自体が労働契約を必然的に身分契約に変容させているのではないように思える。 このような疑問・問題関心から、今後はわが国の就業規則の特色を外国法研究をとおして明らかにしてゆきたい。また、労働者が就業規則条項に違反したときに企業がおこなう懲戒処分およびその手続のあり方についても外国法との比較研究をし、わが国において労働契約が身分契約と化してしまう原因についてのいっそうの解明を進めたい。
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次年度使用額が生じた理由 |
今後の研究計画に記載したように、本研究課題につきなお研究を深めたいと考えた一方で、本研究に必要な書籍を大学付属図書館が所蔵していたり、あるいは新たに購入してくれたため、当初の計画よりも書籍代がかからずに済んだ。次年度の書籍代に当てたい。
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