研究課題/領域番号 |
21K01182
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研究機関 | 東北大学 |
研究代表者 |
伊永 大輔 東北大学, 法学研究科, 教授 (10610537)
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研究期間 (年度) |
2021-04-01 – 2025-03-31
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キーワード | 透明化法 / デジタルプラットフォーム / デジタル市場法 |
研究実績の概要 |
本研究は、市場支配力を持ったデジタルプラットフォーム事業者の行う競争制限行為(特に排除行為)を念頭に置きつつ、これに対する独占禁止法の要件解釈を発展させ、精緻化することにより、積極的な法運用を理論的に支える学術研究の水準を引き上げることを目的とするものである。具体的には、デジタル経済の文脈から先例等から解釈の再発見を行うとともに、EU競争法との比較法的研究を軸としつつ、解釈運用あるいは立法政策に関する示唆を得る。 課題2年目に当たる本年度は、デジタルプラットフォーム事業者による課金方法の拘束が問題となったアップル・インク事件 の評釈(令和3年度重要判例解説:ジュリスト1570号)、初めての私的独占課徴金事件となったマイナミ空港サービス事件の評釈(公正取引861号)、最恵国待遇条項(MFN条項)に関してデジタル市場における同等性条件の違法性判断を分析した論考(NBL 1239号)などが研究成果として公刊された。また、第20回法と経済学会全国大会にてシンポジウム 「購買力・買手市場支配力」のモデレーター、公正取引委員会 競争政策研究センターが主催する第21回 国際シンポジウムの講演者・パネリストを務めるなどした。 本研究課題に密接に関連する新論点として、デジタルプラットフォーム透明化法とEUのデジタル市場法(DMA)に関する研究を鋭意進めており、神戸大学プラットフォーム科研研究会や早稲田大学プラットフォーム科研研究会、一般社団法人日本新聞協会などでも、透明化法やDMAに関する研究報告を行った。こうした研究成果は、自民党政務調査会で事前規制の意義と内容を報告するなど、政策形成にも貢献している。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本年度において公刊された研究成果は、論考・評釈が5本(うち4本が単著)、研究報告等が12回(うち10回が単独)であった。こうした研究成果の公表を通じて他の研究者や実務家等からコメントや指摘あるいは助言や情報交換の機会が生まれ、研究拠点としての情報集積が図られるため、本研究がより一層進展することが期待される。 特に重要な研究成果となったのは、寡占市場において価格の透明性を向上させる効果がある、最恵国待遇条項(MFN条項)に関する研究論文(NBL 1239号)である。MFN条項が並行的に実施されることになり、価格監視が容易になって協調的環境が作出されるという競争制限効果が認められる。このことは、デジタルプラットフォーム事業者がMFN条項を用いる一つの理由を形成しており、各国競争当局も強い関心を寄せる論点となっている。EUの新立法であるデジタル市場法(DMA)や改定ガイドラインにおいてもMFN条項は主たる法的課題となっており、その現在における理論的到達点を研究論文として描き出したものである。 また、デジタルプラットフォーム透明化法やDMAに関する研究も進めており、成果発表となる研究報告を経て今後の論考にまとめていく道筋も立てられた。多様な論点が混在しており、欧州の研究機関における最先端の研究内容をキャッチアップする必要があるところ、コロナ禍の終息を待って外国出張を行うことになり、この点は次年度の課題となった。
こうした点を本格的な理論研究論文として描き出しており、研究成果の公表を含め、順調な滑り出しといって よいと考える。
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今後の研究の推進方策 |
本年度は昨年度の課題であった、EUにおける法制上の新展開をも踏まえた研究が展開できた。すなわち、デジタル市場における市場支配的地位の濫用を問題とする競争法との機能分担が期待される、デジタル市場法(DMA)の研究・分析である。制度の内容を調査した結果、DMAは、競争法の欠缺を補う発想で立法されており、協調的市場にお ける競争弊害を先取りして規制し公正な競争環境を実現しようとするものでもあり、既存の法規制のあり方やその役割に変化をもたらす可能性があることがわかった。 我が国においても、デジタルプラットフォーム取引透明化法の運用を通じ、独禁法との相互補完と役割分担が果たすことが期待されているが、独禁法の法解釈 に起因する消極的な法執行が障害となって十分に機能しないこともあり得る。こうした事態を回避し、あるいは、こうした事態を立法で解決するために、EUにおけるDMAをめぐる法解釈や法制上の議論を参照すべきだと考えられ、引き続きその詳細について研究を深めていくことが今後の課題となる。 もっとも、注目すべき法制動向はEUの新立法だけではない。英国ではSMS規制法案が提唱され、米国や中国といった経済大国でも新たな立法が検討されている。こうした法制は主に競争法の運用問題を立法解決しようとするものと捉えられるが、それだけではない。プライバシーやセキュリティといった学際的考察が必要となる場面が増えてきており、憲法あるいは情報法の専門家との協働や技術的な理解を高めて法学の議論に組み込んでいく努力が必要と考える。こうした隣接他分野とのコラボレーションも今度の研究課題となっており、次年度以降では学術・実務の両面から積極的な交流を図っていく予定である。
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次年度使用額が生じた理由 |
新型コロナウイルス感染症のため、外国における国際会議等への出張を控えたことが、次年度使用額が生じた最大の理由である。一方で、外国サイトで公開された公式情報にアクセスするとともに、外国人研究者との間でもオンライン会議システムを駆使して情報収集を行うなど、既に契約済みのデータベースやオンライン会議システムを活用し、また無料で利用できる公的サイトや大学の共用資産を可能な限り使用しての研究活動は精力的に行った。実際に出張した場合に比べ、こうした努力には一定の限界はあるものの、入手した一次資料を考察するに当たっての十分な手掛かりを得るとともに、更なる資料へのアクセスにつながったなど、オンラインデータベース等の活用を通じて研究活動に大きな支障は生じなかった。 また、10月に所属大学が変わったため、研究費の執行に一定期間の支障が生じたことも次年度使用額が生じた要因と言える。 本年度は、新型コロナウイルス感染症のための外国出張も制限がなくなったとの認識のもと、国内出張とともに外国出張も再開する予定である。そのため、国内における研究成果の発信に努め、研究者・実務家との情報交換を活性化させることで、研究を一層進展させることを計画しており、これに伴い出張旅費の支出が大幅に増加することが見込まれる。また、PC機器等の更新による効率的なオンライン研究活動も損なうことのないよう継続していく計画である。
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