研究課題/領域番号 |
21K01200
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研究機関 | 神戸大学 |
研究代表者 |
小田 直樹 神戸大学, 法学研究科, 教授 (10194557)
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研究期間 (年度) |
2021-04-01 – 2026-03-31
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キーワード | 制度侵害 / 刑法の解釈 / 詐欺罪 / 財産取引の自由 / 可罰性 |
研究実績の概要 |
本研究の当面の課題は,「制度侵害」の観点を踏まえて,社会変化に対応する刑法学の枠組みを構築し,その具体化として詐欺罪の捉え方を検討することである。今年度は,奪取罪という枠を超えた(盗取罪/僭称罪の間に位置する)受交付罪の特性を描き出す予定であったが,関係文献の収集と先行研究の整理を進めたものの,その成果の公表には至らず,各論に踏み込む前の,「制度侵害」を語ることの意義を補強する論考を提示するに止まった。 すなわち,全法秩序の観点~刑法外規範の制度論的な文脈が軽視されてきた背景には,罪刑法定主義<刑法規範の固有性>と謙抑主義<可罰性評価の独自性>を妄信する犯罪論の構造(体系的制約)があるため,それを相対化する方向で,刑法学における「規範」の語り方と,体系的思考と区別されるべき問題的思考の使い方(その活用場面としての「一連行為」論~認定論の位置づけ方)を検討する論文(高橋古稀上巻(2022,3))を公表した。 詐欺罪は,欺罔~受交付の「一連行為」を扱う「規範」の下で可罰性を認められるが,両者を媒介する因果の個性(「交付判断の基礎となる重要事項」に関する錯誤)を不可欠とするのならば,法益侵害性を指標とした「欺罔」時の事前判断と「受交付」後の事後判断の照合よりは,当事者の交渉過程に応じて「規範的評価」の視座を移行させる事例分析を目指すべきであり,その基準となる「規範」は当事者が(見かけ上の)契約で締んだ「取引」の規律に関わるルール(民事上の自己規律)でしかないと思われる。そこで,刑法学の規範論に(法益保護規範を超えた)議論の広がりを認めた上で,特に「一連行為」の扱いでは,刑法外規範の「規律」を刑法がいかに支えるべきかという観点で吟味すべきことになる。このような意味で,今年度の研究は,詐欺罪を再構成するための土台を示すものであった。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
コロナ禍の下,授業方式の大幅な変更に対応することで時間がとられ,各論的な議論に踏み込んだ検討を深める余裕がなかった。窃盗罪とは別に詐欺罪を定めること(その文脈にだけ利得罪も認めること)の意義を見失わせるような議論には抗う必要がある。 「特殊詐欺」と呼ばれる事件が数多く現れていることに変わりは無いが,「財産侵害」という広汎な基盤(窃盗/詐欺のズレがあっても,全てが「実質的」な法定符合の枠内に止まる)の上に構築することで,事後的・機械的な関与者の場合でも重要な役割を果たしており(受交付=実行を担えば正犯だという形式論),被害者の錯誤に乗じることの認識はある以上,共同正犯としての処罰は可能だと述べることで,既に問題は解消されているようにも見える。しかし,法実務が<どんな関与でも有罪にできる>過度に広汎な理論枠組みで有罪判断を積み重ねている状態を単純に追認していてよいかが問題である。 そこで,「財産取引」の制度に依拠した理解がもたらす相違点を明確に示すように,議論の基本方針を(具体的なトピックに絡めて)示す作業を急がなくてはならない。
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今後の研究の推進方策 |
債権法改正を契機とした民法の注釈書が新たに出てきている。そこに見込まれる「変化」を追跡しつつ,最新の議論状況において「取引関係における不法行為」がどのように類型化されているかを参照し,民法の視点における「取引関係」の分類が刑法的な評価にいかなる意味を及ぼすかを検討することにしたい。 この作業によって,一方では,今年度中に纏めるべきであった<財産取引関係に基礎をおく詐欺罪>という輪郭を明確にすることを目指すと共に,他方では,2022年度に予定していた<特殊詐欺の諸事例を「取引制度」毎に整理して,公法・私法の法状態との対比において刑法上の対応を求められる要因を抽出する>ことにしたい。民法学者における「取引関係」の分類に(一次規範レベルの)「制度」としての相違を見出せるか否かが先決問題だが,それが刑法上の(二次規範としての)対応を与える影響を捉えることが問題の核心であり,「制度」から見た関与者の位置に応じて,破壊者/悪用者/濫用者といった分類が使えるかを検証してみることも付随的な課題となる。
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