研究課題/領域番号 |
21K01207
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研究機関 | 立命館大学 |
研究代表者 |
渕野 貴生 立命館大学, 法務研究科, 教授 (20271851)
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研究期間 (年度) |
2021-04-01 – 2024-03-31
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キーワード | SNS / 犯罪報道 / 社会復帰権 / 陪審員選択手続 / 無罪推定原則 / 適正手続 |
研究実績の概要 |
本研究は、SNSを通じて刑事事件情報や被疑者・被告人の個人情報が拡散されることによって生じうる被疑者・被告人の刑事手続上の基本権に対する侵害や社会復帰権などの人格権侵害を防止し、権利侵害が発生した場合に権利救済を図るための実効的な法的手段について解明することを目的とする。 令和4年度は、本研究の目的を達成するために、第一に、プロバイダ責任制限法に基づく発信者情報の開示およびプロバイダに対する削除請求によって権利救済を図る際の実務上及び理論的な問題点の検討を行った。SNS表現による権利侵害に対する法的救済を専門としている複数の弁護士から聞取り調査を行った結果、発信者に対する民事的・刑事的責任追及よりも、被疑者・被告人のプライバシー情報の削除のほうにより高いニーズがあること、それにもかかわらず、プロバイダーごとに削除請求をする必要があるため、実効性のある削除を行うためには多大のコストを要することなど、理論的に解決すべき課題が明確になった。 第二に、SNSが市民生活に広く根付いているアメリカにおいてSNSを通じた犯罪関連情報の拡散に対して法的にどのような対応がとられているかという問題関心に基づき、近時、センセーショナルな報道やSNSによる情報拡散を引き起こした刑事事件の陪審裁判において、有罪の予断を有しない陪審員を選択する手続の在り方が争われたアメリカ連邦最高裁Tsarnaev判決(United States v. Tsarnaev, 142 S.Ct. 1024)の意義について、アメリカの刑事訴訟法学者から聞取り調査を行い、理論的検討を行った。 第三に、実名報道の理論的問題点について、とくに過度のキャンセルカルチャーがもたらす社会復帰権侵害および、そのような侵害を防ぐための「忘れられる権利」の確立という観点から検討を行った。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
令和4年度も新型コロナウイルス感染状況は収束していなかったが、感染防止対策を徹底したうえで、複数の弁護士に対する聞取り調査を実施し、法律の仕組みの限界や、プロバイダが外国企業である場合の実施上の困難など、プロバイダ責任制限法に基づく法的救済が実際上、困難である状況を正確に理解することができ、今後の理論的研究に対する貴重な資料を得ることができた。 さらに、令和4年度は、令和3年度において新型コロナウイルス感染拡大のため実施することができなかったアメリカでの聞取り調査を実施することができた。その結果、アメリカの最新の判例および、判例に対する理論的検討についての最先端の知見を得ることができた。 そして、これらの新たな知見を踏まえて、センセーショナル情報による影響を遮断し、公正な陪審員(裁判員)を選任する具体的な方法ならびに、社会貢献的な役割を担おうとしている人に対して過去の犯罪歴を永久的に指摘することの人格権的問題点について、これまでの自身の研究アプローチとは異なる新たな着想を得ることができた。 以上の進捗状況を総合的に考慮すると、令和4年度は、令和3年度の研究の遅れを十分に挽回することができたと判断し、おおむね順調に進展していると自己評価した。
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今後の研究の推進方策 |
令和5年度は、本研究課題の最終年度に当たるため、本研究課題の目的を達成するべく、着実に研究を推進する。 具体的には、第一に、被疑者・被告人の刑事手続上の権利とSNS上の名誉毀損ならびに表現の自由論について、令和4年度には調査しきれなかったアメリカの刑事弁護人からの聞取り調査を行い、アメリカにおけるSNS上の情報拡散による権利侵害の実情ならびに権利救済の方法と表現の自由との関係について総合的に明らかにする。 第二に、これまでの調査結果を取りまとめて、一定期間経過後のデジタルデータの自動的削除の可能性について、社会復帰権として権利構成できるかという観点、及び表現の自由に対する制約を正当化できるかという観点から総合的に検討し、研究成果としてまとめることを計画している。その際には、犯罪被害者の保護および国民の知る権利との調整が重要な課題になることから、表現の自由に重きを置く憲法学説や被害者学の知見をも十分に参照しながら、被疑者・被告人の適正手続および犯罪を犯した人の社会復帰権の社会的意義がどこにあるのかを明らかにしたい。
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次年度使用額が生じた理由 |
令和4年度は、令和3年度において新型コロナウイルス感染拡大の影響によって実施することができなかった被疑者・被告人の刑事手続上の権利とSNS上の名誉棄損等の問題に精通したアメリカの刑事法研究者および国内の弁護士に対する聞取り調査を精力的に実施した結果、令和4年度に交付された助成金と令和3年度から繰り越した助成金とを合わせた額をほぼ使用したが、令和3年度から繰り越した助成金額が大きかったため、一部、次年度への繰り越しが生じざるを得なかった。 令和5年度は、当初計画している研究に加えて、令和4年度に一部実施することができなかった補充的な調査を実施し、全体として、当初計画に沿った研究を遂行する予定である。
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