2023(令和5)年度は、令和4年の民法改正(法102号)過程の論議を調査した。とりわけ、出生届の段階で嫡出推定制度(772条)の適用自体を回避する案の妥当性・可能性について、無戸籍者問題への対応の観点も含め、詳細に検討を行った。改正法はこの案を実現するに至らなかったが、議論の中には、嫡出推定の制度趣旨を伝統的な血縁主義的理解から離脱することで適用除外の可能性を開く方向性と、実親子法の枠組みを超え、婚姻の効果として嫡出推定制度を位置づけて婚姻破綻・別居の場合の適用除外を導く方向性とが見られたが、今後の立法の選択肢として有望なのは後者であるとの結論に至った。 無戸籍者問題は、戸籍制度とも関係する。事実、案の見送りの理由の一つには、戸籍の窓口審査で判断できるように要件を設定するのが難しかった点がある。すなわち、届出の受理・不受理は、法令の定める要件を備えているかを審査して決定される。この審査は、「事実真否の認定方法として戸籍の記載及び届書類の記載のみを照合審査して届書の受否を決定する」ものであり、形式審査と呼ばれる 。適用除外案の要件を形式審査で判断するには、これに該当する事実の存在を客観的に示す書面等の資料が必要になるところ、そのような書面を列挙する作業は難航した。以上のように、出生届の段階での対応が問題となる以上、戸籍制度上の制約を免れることはできない。しかし、このことは無戸籍者問題が戸籍制度の問題であることを意味しない。問題は、むしろ実体法である民法の嫡出推定制度にある。というのも、母が一定期間内に出産した子について、夫の子として出生届をしなければならないのは、戸籍法の規定ではなく、民法772条に基づく要請であって、戸籍制度は、夫婦・親子等の身分関係を定める実体法に従い、当該身分関係を戸籍に登録するものにすぎないからである。
|