研究課題/領域番号 |
21K01267
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研究機関 | 富山大学 |
研究代表者 |
秋葉 悦子 富山大学, 学術研究部社会科学系, 教授 (20262488)
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研究期間 (年度) |
2021-04-01 – 2024-03-31
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キーワード | トリアージ / 公的医療 / パンデミック |
研究実績の概要 |
パンデミックによる医療崩壊を受けて、イタリア国家生命倫理委員会(CNB)が2020年4月に公表した「Covid-19:資源不足の状況における臨床上の決定と『パンデミックの緊急事態におけるトリアージ』の基準」を翻訳・分析し、同年10月の研究会で報告した内容に加筆して公表した(21年10月)。日本の報道機関でも紹介された「麻酔鎮痛蘇生術および集中治療イタリア協会(SIAARTI)」の「ニーズと利用可能な資源とが不均衡な例外状況における集中治療の開始と中止のための臨床倫理学的勧告」(20年3月)とは対照的に、年齢制限等の機械的な処理をせずに、あくまでも臨床上の基準を最も適切な参照点とすることを明示した点で、日本の医療現場にとっても参考になると思われる。 ワクチン分配の議論はもとより、パンデミック下での医療配分をめぐる議論は国際社会で急速に進展している。国際情勢を把握するために、パンデミック後の地球規模での公的医療制度のあり方をテーマに9月にローマで開催された教皇庁生命アカデミーの会議で報告する予定でイタリア、オランダ、インドの報告者と情報交換しながら報告書を作成した。コロナ禍で渡航できず報告できなかったが、準備した内容は別の論文に盛り込んで22年6月に刊行予定である(老年精神医学誌「特集・老年精神医療と臨床倫理:人格主義生命倫理学と患者の自己決定権」)。このほかに、やはりローマで開催された緩和ケア;公的医療制度に関連する国際会議(22年2月;4月)に遠隔で参加し、情報収集を行った。 他方、日本の医療現場の現状にイタリアの状況を伝えるとともに、日本の現状を把握するために、日本病院学会、長野県認知症ケア専門士会、長崎リハビリテーション病院、神戸大学先端融合研究環(以上遠隔)、カトリック医療施設協会等で講演および意見交換を行った。また日本賠償科学学会研究会にも参加した(以上対面)。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究は、パンデミック下で医療提供態勢が逼迫している現状において、日本に先んじて深刻な医療危機に直面したイタリアでの議論を参考に、患者の自己決定権に基づく治療中止の問題を改めて考え直そうとするものである。コロナ禍で現地調査の機会を得ることはできなかったが、国内外の遠隔会議や研究会の機会を多数得ることができ、情報収集、意見交換の機会に恵まれたため、迅速に現地の最新情報を伝え、日本の臨床現場の現状とニーズをある程度把握することができた。 公的医療制度をそなえているイタリアをはじめとするEU諸国や日本は、米国とは異なり、患者の自己決定権は一定の制約を受けざるをえない。パンデミックは医療制度をめぐるEUと英米の違いを鮮明にしただけでなく、患者の自己決定権を憲法上最高の権利として位置づける憲法理論の特異性と根本的な問題点も鮮明にしたように思われる。その知見を論文としてまとめることができたことは、患者の自己決定権の分析を不可欠とする本研究にとって一つの成果であった。 一方、イタリアでは憲法裁判所のファーボ事件判決(2019年9月)以降、嘱託殺人罪(刑法579条)の違憲性をめぐる議論が続いていたが、2022年2月、憲法裁判所は同法の是非を問う国民投票の要求を却下した。医師の自殺幇助を一定の限度内で認めつつ、嘱託殺人の合法化を拒否した憲法裁判所の判断は、川崎協同病院判決と結論的には同じである。その論理構成がどのようなものか、今後、精確に分析する必要があると思われる。早急に資料収集と分析作業に着手したい。
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今後の研究の推進方策 |
ファーボ事件判決において医師の自殺幇助を一定の限度内で認容する一方、嘱託殺人罪の是非を問う国民投票を斥けたイタリア憲法裁判所の論理構成、憲法裁判所の判断をめぐる議論について、資料収集と分析作業を行う。 ヒポクラテス以来の伝統的な臨床倫理に則って、積極的安楽死と無益な治療に反対するイタリア医師会などEU諸国の医療従事者団体が推進している包括的緩和ケアの現状について、資料収集と分析作業を行う。2018年に国立ミラノ大学医学部に新たに設けられた緩和ケア過程(学士、修士)で新たに開発された医学教育プログラムは昨年から学外者向けの特別過程でも試行されている。情報収集と実態調査を行いたい。 収集した資料と分析結果は、できる限り早急に公表して、日本の医療現場の参考に付したい。
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