研究課題/領域番号 |
21K01309
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研究機関 | 早稲田大学 |
研究代表者 |
関口 佐紀 早稲田大学, 政治経済学術院, 助手 (10880403)
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研究期間 (年度) |
2021-04-01 – 2024-03-31
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キーワード | ルソー / パトリオティズム / 祖国愛 / 情念 |
研究実績の概要 |
本研究の目的は、18世紀フランスの思想家ジャン=ジャック・ルソーのテクストを分析し、政治的な諸制度が人民に及ぼす影響に関する心理的・精神的なメカニズムを解明することにある。これにより本研究は、ルソーの政治思想において、どのように主体的かつ能動的な人民の形成過程が想定されているかを明らかにすることを期待している。『社会契約論』第4篇第8章において、ルソーは市民に義務を愛させるような宗教が国家にとって有用であるとして市民宗教の構想を説示する一方で、人々を不寛容で排他的にするような宗教は危険であると批判している。そこで本研究は、市民宗教がどのようにして宗教的な情念に由来する不寛容や狂信を克服しつつ、市民のうちに祖国愛を醸成するのかを分析する。 上記の目的を達成するために、当該年度には、ルソーにおけるパトリオティズムの意義を考察することで、とくに制度を通じた祖国愛の醸成過程について研究を行った。具体的には、大国からの征服・併合の危機に瀕するポーランドと植民地支配からの独立を目指すコルシカに向けてルソーが執筆した『ポーランド統治考』および『コルシカ国制案』を分析対象とし、なぜ共和国にとって祖国愛が重要であるのか、そしてどのようにして祖国愛が醸成されるのかを検討した。本研究の成果は、ルソーの設計する政治制度において、とくに農業を中心とした経済システムおよび税制度が他国からの経済的自立や人民間の不平等の解消を実現し、そのような制度を通じて育まれた自由や法律への愛が祖国愛を形成する道筋を示したことにある。その意義としては、従来の研究で着目されてきた教育のみならず、国家の特性に合わせた産業や税制度の選択が祖国愛の醸成に寄与することを明らかにした点、近代的なナショナリズムとは異なるルソーのパトリオティズムを政治制度との関連で精緻化した点が挙げられる。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究が課題とするリサーチ・クエスチョンは以下の3点である:①ルソーが市民宗教によって解決しようとした問題は何であるか、②政治にとって弊害であるような宗教的情念はどのように克服されるか、③市民の祖国愛はどのように醸成されるか。このうち、祖国愛醸成に関わる第3の課題については当該年度の研究によっておおむね達成された。また、第1と第2の課題については、『社会契約論』を中心とするルソーのテクスト分析を並行して進めており、今後の研究を計画通り遂行するための準備は当該年度中に整えられた。 より具体的には、第3の課題については、上述のとおり共和国における制度を通じた祖国愛醸成のメカニズムを明らかにした。これに関連して、先行研究はルソーが制度のナショナルな性格を重視する点を近代的なナショナリズムの萌芽と解釈したのに対し、本研究では、各国家の自然的・物理的条件や住民の性向に適した統治形態を選択し、それを通じて共和国の原理を体現する人民を形成するためであると論じた。これらの研究成果については、学会での口頭発表を経て論文としてまとめ、学術誌への投稿を行った。 第1と第2の課題については、不寛容や狂信が政治的な観点から危険視された点に鑑み、ルソーがそれらをどのように論じているかを分析した。また、とくに排他性や隷従への傾向が問題視されることから、こうした情念の克服についても明らかにすべく、関連する資料を収集した。以上より、本研究はおおむね順調に進んでいると評価できる。
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今後の研究の推進方策 |
本研究はこれまでにルソーのテクストにおける祖国愛の醸成について分析を進めたが、今後は国家にとって危険な情念に対して、市民宗教を含む政治的な諸制度がどのように対処すると想定されているかを分析する。具体的には、ルソーが人間の情念に対する法律の無力さを認めている点に着目しつつ、かれの政治思想において、共和国の制度が情念による弊害を考慮したうえで設計されていること、法律によって情念を抑制するのではなく制度を通じて共和国の市民にふさわしい人民を形成することが想定されていることを審らかにする。 研究の進め方について、本研究はテクスト分析によって遂行される。とくに『社会契約論』を中心的な分析対象としつつ、そこで示された諸原理が『コルシカ国制案』や『ポーランド統治考』など特定の国家に対してどのように適用されているかを考察する。これにより本研究は、18世紀ヨーロッパ諸国が逢着した諸問題を視野に入れながら、自由と平等という共和国の原理を実現する制度を構想したルソーの試みを精緻化することを目指す。このとき、ルソーが置かれた文脈に照らしてかれの問題意識を抽出することが重要であるため、18世紀フランス政治思想に関連する資料を現地にて収集することも予定している。
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次年度使用額が生じた理由 |
次年度使用額が生じた主な理由は、2021年秋頃から新型コロナウイルス感染症オミクロン株がヨーロッパで急拡大したことにより、当初予定していた資料収集のための海外渡航を見送ったことにある。本研究は18世紀フランスの政治思想を研究対象としているため、フランスでの資料収集が必須である。2022年5月現在、新型コロナウイルス感染症の流行状況は比較的落ち着いており、海外渡航の条件(帰国者への隔離措置など)も緩和されてきたため、今年度中にはフランスでの資料収集を実現させたいと考えている。 具体的には、2022年度前期と後期にそれぞれ1週間~10日程度のフランス滞在を予定している。とくに、ルソーが『社会契約論』で宗教の問題を扱うことが必要であると判断した背景や問題意識を考察するために18世紀フランスにおける不寛容や狂信を主題とする一次資料や、ルソーのパトリオティズムおよび制度設計の独自性を明らかにするために同時代の他の思想家がポーランドやコルシカについて論じた一次資料の収集を想定している。これらの資料との比較考察により、本研究はルソーのテクスト分析から得られた成果を18世紀フランスの文脈に位置づけて解釈することが可能となり、より説得力のある政治思想研究となることが期待される。
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