研究課題/領域番号 |
21K01332
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研究機関 | 成蹊大学 |
研究代表者 |
西山 隆行 成蹊大学, 法学部, 教授 (30388756)
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研究期間 (年度) |
2021-04-01 – 2026-03-31
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キーワード | ナショナル・アイデンティティ / アメリカのナショナリズム / 連邦議会選挙 / 人工妊娠中絶 / 統治機構への信頼 |
研究実績の概要 |
2022年度は11月に米国連邦議会中間選挙が実施されたため、その分析を軸に据えて研究を実施した。2022年の中間選挙は、連邦議会議員や州知事に対する評価のみならず、アメリカという国の在り方や民主政治の意味など、そのナショナル・アイデンティティの在り方も問われた重要な選挙だった。民主党を中心とするリベラル派と、共和党を中心とする保守派による分断が社会全体に広まり、その対立が激化する中で、どのような選択が行われるかが焦点となっていた。 選挙では共和党優勢との予想がなされていたが、上院で民主党が多数を維持する一方で、下院では小差ながらも共和党が多数を奪った。民主党が善戦した背景には、米国の文化戦争の中心争点である人工妊娠中絶について、連邦最高裁判所がその権利を否定する判決を出したことがある。連邦議会選挙の結果は伝統的には経済状況によって決まることが多かったが、中絶問題という文化的争点を重視する人が増大したことが、選挙結果を決めたといえる。同時に、米国内でも最も信頼度が高い統治機構だと評されてきた連邦最高裁に対する不信が高まるなど、米国政治の基礎となる政治制度の在り方も強く問われるようになっている。 また、共和党内でトランプ派候補が増大した結果、中間選挙が「トランプ対バイデン」という2020年大統領選挙と同じ構図となったことも大きな意味を持った。それに加えて、二大政党の党内状況と戦略が選挙結果を左右した点もある。民主党はサンダース的な左派ポピュリズムの傾向を抑制することで、穏健な有権者の支持を獲得することができた。これに対し、共和党はトランプ派候補が予備選挙を席巻した結果、本選挙では議席を伸ばすことができなかった。この事実は、米国におけるポピュリズムの性格と民主政治の意味を問い直すものであったといえる。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
当初の研究計画では、2022年度は中南米系などのマイノリティの投票行動がどのように変化するかなどについても踏み込んだ調査を行う予定だったが、COVID-19の問題もあり、現地調査を実施することができなかった。また、2022年6月に連邦最高裁判所が人工妊娠中絶の権利を否定する判決など画期的な判断を行い、それが有権者の態度を大きく変更させたため、様々なマイノリティ集団が通常想定されるのとは異なる投票行動を行ったともいえる。例えば、黒人教会の中には中絶や同性婚などの問題に対して保守的な態度をとるところもあるし、中南米系にはカソリックが多く中絶には批判的なため、彼らの投票行動は連邦最高裁の判決から一定の影響を受けたと思われる。これらの点について踏み込んだ調査を行うことができなかったのは、想定外であった。だが、その一方で、統治機構に対する人々の態度など、より遅い時期に行う予定としていた事柄について踏み込んだ調査を行うことが可能となった。そのため、全体としてみれば、おおむね順調に研究は進展していると評価することができる。
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今後の研究の推進方策 |
米国のナショナル・アイデンティティの変容は、大統領選挙などの重要な出来事に際して顕在化する。2023年度は2024年大統領選挙に向けて活発な行動が開始される時期である。民主党は現大統領であるジョー・バイデンが再選に向けて出馬すると表明する一方で、共和党はドナルド・トランプ前大統領やニッキー・ヘイリーらが出馬宣言するとともに、フロリダ州知事のロン・デサンティスも近く出馬表明すると噂されている。米国では長らく、共和党がマジョリティながらも人口比率が減少しつつある白人を支持基盤とする一方で、民主党がマイノリティを支持基盤としているといわれてきた。だが、共和党のヘイリーはインド系であるし、デサンティスは州知事選挙で中南米系を中心とするマイノリティから多くの支持を獲得して当選した人物である。これら候補の動向と、彼らに対する支持の変化に焦点を当てることで、米国の政治社会と政党政治の変化について調査を行っていきたい。 また、多民族国家である米国は、自由・民主主義・平等・個人主義・法の支配などの理念を中心にまとまってきた契約国家だといわれる。だが、近年ではそれらの価値観に対する認識が揺らぐとともに、それらを体現するとされた合衆国憲法や統治機構に対する信頼度も低下している。これらの点についても、文献調査に加えて世論調査の動向を分析するなどして、検討していくことにしたい。 これらの調査を踏まえて、大統領選挙と連邦議会議員選挙が行われる2024年度には現地調査なども行いつつその分析を行い、研究の最終年度までにその成果をまとめることにしたい。
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次年度使用額が生じた理由 |
新型コロナウイルス問題に伴い海外渡航に関する制約が存在するとともに、国際線の航空券代金が当初の想定を大幅に超えて高額化した。全体の研究計画を考えると、米国大統領選挙が実施される2024年度に米国出張を行うことが必須となるため、その航空券代を確保する観点からも、それまでは使用額を抑える必要があると判断した。積み残した金額は2024年度大統領選挙に向けて実施する現地調査で活用する予定である。
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