本研究の目的は、日本の高齢者就労制度の現状を精査し、高齢者の就労活動に対する就労促進制度の影響を分析することにある。特に、2021年4月に施行された改正高年齢者雇用安定法(努力義務として「70歳までの就業機会の確保」)の効果について検証する。データは慶応義塾大学経済研究所パネルデータ設計・解析センター『日本家計パネル調査』、『慶応義塾家計パネル調査』を利用する。 本研究では、法改正による影響を以下の3点に絞った。第一に、法改正の目的にもある高齢者就労の拡大が成されているかを労働時間の変化から捕捉する。第二に、山川(2023)などでも懸念されている就労条件の悪化を賃金の変化から考察する。第三に、健康状態への影響を検証するため、健康診断結果の情報を活用する。 非連続回帰デザインを用いた分析結果によれば、法改正以前では、65歳以降に賃金上昇が確認できたが、法改正以降では確認できなくなった。加えて、法改正以前には見られなかった、健康診断結果の悪化が確認された。同調査で行われている就労継続意欲に対する質問において、2021年度以降、(過去の高齢者と比べて)仕事の継続意欲が減少し、転職意欲が高まっている。 加えて、65歳から70歳までの就業確保義務年齢の引上げが、60歳代前半の就業者への影響も考察したところ、法改正以前では、60歳以降で、労働時間の減少、賃金の低下が確認されていたが、法改正以降では、それらの影響が確認できなくなっており、今回の法改正の影響が政策ターゲット以外に波及している可能性がある。 2021年に施行された高年齢者雇用安定法改正の影響を考察してきたが、惜しむらくは、法改正の対象者の情報が複数年分捕捉できなかったため、改正による経時的な影響を検証することができなかった。今回の研究活動で蓄積できた資料・情報を生かし、今後も本課題に関する研究を進めていきたい。
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