研究課題/領域番号 |
21K01527
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研究機関 | 中央大学 |
研究代表者 |
持田 信樹 中央大学, 総合政策学部, 教授 (20157829)
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研究期間 (年度) |
2021-04-01 – 2024-03-31
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キーワード | 税制改正 / 経済成長 / 分布ラグモデル / 外生的税収変化 / 減税 / 増税 |
研究実績の概要 |
①記録文書の識別作業:税制改正の政策立案過程の記録を蒐集して、戦後日本の税制改革をその動機によって分別して、租税政策のショックデータを整備した。歴史的記録文書としては各年度の政府税制調査会答申、与党税制改正大綱、財務省編纂の財政史を主たる資料とした。Romer and Romerのアプローチにもとづいて、立法化された税制改正を、経済成長を正常な水準に戻すために実施されるものと、その他の動機にもとづくものとにひとつひとつの税制改正について識別する作業を続けた。前者を「内生的」税制改正とし、それ以外の動機は「外生的」税制改正に分類した。
②基本モデルの推定:外生的な税収変化をショックデータとして、マクロ経済に対する税収変化の影響を推定した。モデルは分布ラグモデルを用いた。被説明変数としては四半期ベースの実質GDPの変化率を説明変数として外生的税制改正の12期(3年分)までのラグ項を入れた。また無限のラグをもつモデルも用いるためにラグ付き内生変数を加えたモデルでも推定した。さらにパラメータの数を減らして多重共線性を避けるために、多項式ラグモデルでも同様の推定を行った。
③情報収集と補足調査:海外での最新の研究状況を把握するために、アイスランドで開催された2021年度国際財政学会international institute of public financeの年次大会にオンライン参加した。いくつかのセッションで有益な情報が得られた。また国税の数量データは比較的収集が容易であるが、地方税については紙媒体に記録されたものが分散しているため、外部の業者に委託してOCRを使ったデータ変換を行った。経済成長と公平・中立・簡素の原則はしばしば摩擦を起こすことが指摘されているが、この点についてのエビデンスを提供するために2022年1月にオンラインでの調査をマクロミル社に委託して実施した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
①推計結果についての暫定的結論:ローマーやクロン等の先行研究と比較すると、本研究の推定では概ね予想される符号条件は満たしている。例えば長期的な成長を目的とする外生的税制改正のマクロ経済への影響は正となる。しかしパラメータの絶対値が先行研究に比べて大きいという結果になったため、慎重に検討する必要がある。また英米二か国の四半期別実質成長率には、単位根がなく定常過程(次数はゼロ)であるのに対して、日本の四半期別実質成長率は非定常であるという帰無仮説を棄却できない。モデルに用いる変数の次数が異なる場合の計量分析のあり方を示した推定法や、構造変化がある場合の単位根検定など分析手法をさらに深化させる必要がある。
②財政ショックデータの識別:本年度は政策立案過程の記録文書を分析して、外生的税収変化と内生的税収変化を識別したうえで、前者については下位の区分として景気対抗的税制改正と歳出連動型税制改正とを設けた。また後者すなわち内生的税制改正についても長期的な成長促進型と財政再建型の税制改正とに区分を設けた。この作業によって戦後の税制に関するショックデータを構築した。もっとも税制改正大綱にはしばしば複数の動機が含まれている。そのようなグレーゾーンの場合に税制改正をいかに分類して、定量データに落とし込んでいくかについて、更に検討する必要がある。
③データ範囲の拡張:令和3年度には国税改正を対象にショックデータを構築したが、英米を対象とした先行研究では賦課方式の社会保険料も税収に含めている。日本においては賃金・物価スライド制の下での給付改定に伴って保険料も段階的に引上げられてきたため、歳出連動型の内生的な税制改正が存在すると考えられる。社会保険料についてのデータも揃えつつ、かつ先行研究にはない地方税の税収変化を対象に含めることが課題となる。
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今後の研究の推進方策 |
1)財政ショックデータの拡張:初年度は主に国税を対象にして税制改正の意図を識別した。次年度は社会保険料と地方税に識別の対象を拡張する予定である。 社会保険料:わが国の社会保険料は戦後長い間、賃金再評価・物価スライド制によって給付水準を改定しつつ、5年毎の財政計算によって保険料設定を見直してきた。歳出連動型の内生的税制改正の典型である。他方では保険料設定が給付水準と直接は連動しない改正も少なくない。これらには平成16年に導入されたマクロ経済スライド制が含まれる。こうした点に注意しながら、租税とならんで政府収入の柱となっている社会保険料についてデータを構築していく。 地方税:地方税については地方税そのものの減税のほか、住民税等では国税の減税のはねかえりによる減税があったり、逆にはね返り減税を避けるための増税であるとか、国との間で譲与税のやり取りがあるなど国税の場合より複雑な要素をもっている。こうした点に注意しながら国税から地方税への税源移譲、法人事業税の外形標準化、そして地方消費税の創設などを念頭におきつつ、外生的なショックデータを識別していく。
2)モデルの追加:初年度はRomer and Romer(2007)で用いられている分布ラグモデルによって、税制改正のマクロ経済に及ぼす影響を分析した。被説明変数としては四半期ベースの実質GDPの変化率を説明変数として外生的税制改正の12期(3年分)までのラグ項を入れた。しかしラグ次数を短くしたり、比較的少ない標本で時系列分析を行うことのデメリットに鑑みると、ベクトル自己回帰モデル(VAR)を用いることもひとつの選択肢ではある。実際、Cloyne(2013)ではVARに税収変化を外生変数として組み入れたモデルが使われている。長いラグ次数と少ない標本数での自由度の間にはトレードオフの関係があるため、先行研究を参考にしながら慎重に設定していく。
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次年度使用額が生じた理由 |
地方税・社会保険料については紙媒体に記録されたものが分散しているため、外部の業者に委託してOCRを使ったデータ変換を行った。複数の委託業者の見積もりの中から比較的安価な業者を選定したため、予定よりも実支出額が少なくなった。
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