社債発行年限と発行額、社債発行企業のクレジット・リスクを様々な観点から実証分析を行った結果、主に以下の点が分かった。人件費が増加するほど負債に占める銀行融資の割合が大きくなる。これは、先行研究にあるように、労働誘発営業レバレッジによって決定されたリスクによって、企業のクレジット・リスクが上昇し市場からの資金調達コストが上昇することが理由として考えられる。ただし、先行研究では、労務債務が日本企業のクレジット・スプレッドの顕著な決定要因かつ上昇要因であることは示されていない。 実証分析サンプル期間中、日本銀行による非伝統的金融政策によりイールドカーブの金利水準が大きく下がった。このような状況の中で、クレジット・スプレッドは格付といった主要なクレジット・リスク指標で大別されているように見受けられた。社債の発行年限選択では、労務債務の増減というよりも、信用格付が高い企業が長期債発行を増やしている傾向が顕著であった。長引く金融緩和による超長期発行が散見され、金融政策は著しい影響を本邦社債市場に与えた。 日本企業データを用いた推定では、労務債務増加が企業のクレジット・スプレッド上昇要因となるという結果は現時点では得られていない。産業による違いが観察され、クレジット・スプレッドの上昇要因となる産業もあるが、反対に、クレジット・スプレッドの低下要因となる産業もある。労務債務増加がクレジット・スプレッドの上昇要因となる産業においては、社債発行額は労務債務が増えるほど減少する。これらの結果は資金調達コストの観点から整合性がある。 今年度は労務債務をコストという概念からだけではなく、人的資本への投資という観点から従業員の満足度口コミデータを使用した分析を行った。この分析によって、人的資本を重視する産業では、満足度が上昇(人的投資が増加)するほどクレジット・スプレッドが低下することが分かった。
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