研究課題/領域番号 |
21K01916
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研究機関 | 立命館大学 |
研究代表者 |
吉田 誠 立命館大学, 産業社会学部, 教授 (90275016)
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研究期間 (年度) |
2021-04-01 – 2025-03-31
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キーワード | 横浜船渠 / 勤続年数 / 年功的処遇 / 合理的賃金制度 / 日給 / 生活給 |
研究実績の概要 |
横浜船渠の「合理的賃銀制度」(1929年)は、年齢と勤続年数に連動した生活給が初めて実現した戦前の賃金制度として扱われてきたが、その先行研究には下記のような問題があることを明らかにした。 第一の問題は、先行研究はこの制度のうち「日給」部分が、「年齢給」、「資格給」、「査定給」から構成されているとしてきたが、この3つの要素から構成される「日給」とされてきた賃金項目は、会社側が「理想日給」と呼んだものであり、1929年8月に決定された各職工の「新日給」とは異なっており、この新日給は年齢と勤続年数からなる「年齢給」が実現したものではなかった。 第二に、「合理的賃銀制度」は制度と名付けられてはいたが、この制度の目的は1929年の賃上げに対して基準を示し、各人の賃上げ額を決定することであった。翌年以降、半年に1度の昇給を約束していたが、全員に対するものではなかったし、しかも、その査定方法も定かではなかった。にもかかわらず、あたかも、これ以降毎年「年齢給」に基づいて全労働者が自動的に昇給したかのように先行研究では主張されてきた。 この2点からすると、横浜船渠の合理的賃銀制度を文字通りの賃金制度として扱ってはならないし、またその構成要素であった「理想日給」を実在した賃金制度として扱うことも誤っていることになる。 第三の論点は、勤続年数に関してである。この賃金制度を策定した委員会は従来の日給の決定要因を分析し、年齢や技倆に加えて「勤続年数」がその一つであることを見出した。そのため勤続年数を理想日給の決定の要素として採用したが、「将来は勤続年数を加味する必要なきものとす」と主張し、技倆による評価に代替されるべきと考えていたのである。これは、当時の経営者が勤続年数そのものに積極的価値を見出していなかったことを示しており、戦前において勤続年数が重要視されたという従来の考え方に疑義を抱かせる結果となった。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
初年度の研究としてこれまで集めてきた資料にもとづきながら、戦前において生活給を実現したと言われる横浜船渠株式会社の合理的賃銀制度を取り上げた。日本で生活給原理に基づき年齢と勤続年数に基づいた賃金を構想したのは、1921年の呉海軍工廠の伍堂卓雄の「職工給与標準制定の要」であるが、これは実現しないままに終わった。また年齢に対する指示はあるものの、勤続年数が独自の要因として重視されているものではなかった。これに対して、横浜工廠の合理的賃銀制度は実際に生活給を実現した賃金制度という理解がなされてきた。しかし、今回の研究を進めていくなかで、これが上記に記したように実現したわけでもなく、制度的継続性を持ったものでないことを明らかにすることができた。特に重要なことに、勤続年数そのものをそれ自体価値のあるものとして労使で合意されているものでもなかった。むしろ、勤続年数は技倆に代替されるべきものと主張されていたことも明らかになり、年功概念における勤続年数という要因は戦前に必ずしも遡ることができないことを示すことができた。以上の論点について、論文として発表するとともに、学会報告を行うことができ、こうしたこの意味で非常に順調なスタートをすることができた。ただし、コロナ禍のなかで国会図書館等への出張が制限され、今後の研究を見すえた新たな資料の収集等が難しくなり、この点では予定通りとは言えず、「おおむね順調」とせざるをえなかった。
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今後の研究の推進方策 |
今後の研究の推進方策については、次の二点を検討している。一つは、戦時期の賃金統制政策の検討であり、もう一つは初期の日本的経営論において扱われていた諸事例の見直しと、その扱われ方の再検討である。一つめについては、年功的賃金の形成論において戦時下の賃金統制にその淵源をみいだす説があり、実際、各種統制令において年齢に応じた最低・最高賃金額が設定されていたことはよく知られている。しかし、同時に、総動員令の下、国家の意思に応じて労働力の移動を行わなければならないという中で、勤続年数という要因がどこまで重要であったのか、またどのような形で各種の賃金統制令のなかに書き込まれていたのかを自覚に検討した研究はない。この意味で、年齢と勤続年数を明確に弁別したうえで、戦時期の各種統制令における年功的要素の検討をおこないたい。 第二に、初期の日本的経営論の系譜のなかで年功がどのように扱われてきたのかを、やはり年齢と勤続年数を弁別したなかで、検討していきたい。すでに、これまでの予備的な研究において日本的経営の系譜論には、かなり年功的要素にバイアスがかかっていることが見えてきている。例えば、戦間期の原資料が「一般的昇給は殆んど停止の姿となつて、現在尚定期昇給を実行している工場は極めて少い」としたなかで少数の昇給の事例を示しているにもかかわらず、そこにあがった事例だけを示して戦間期には昇給制が登場してきたと論じるなど、羊頭狗肉な研究も見い出されている。したがって、初期の日本的研究において用いられた素材を再検討するなかで、どのようなバイアスの下で、日本的経営の系譜が論じられているのかを検討していきたい。
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次年度使用額が生じた理由 |
資料収集のために出張を予定していた時期がコロナ禍の蔓延防止措置期間とあたり出張を行うことができなかったこと、および当初予定していた備品(パーソナル・コンピュータ)について新製品の発表が年度中に行われ、発売については既に年度中の購入が難しくなったため、次年度に繰り越しした。 今年度については大学より研究専念年となっており、出張についても必要に応じて実施できるとこと、また備品についても購入が可能となったため当初計画通りに執行できる予定である。
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