本研究はゲノム編集に代表される遺伝子改変育種による近代品種と地域で育成されてきた在来種との対比を通して,「自然さ」概念を検討するものである.家畜の在来種を中心に近代品種との違いを自然環境や地域社会との関係の差として把握することを目指している. これまで,1960年代から畜産学者や獣医学者を中心とした在来家畜研究会が東および東南アジアの在来家畜に関するフィールド調査を長年行ってきたことに着目し,同研究会の報告書の読解と会員へのインタビュー調査を行ってきた.その結果,研究会発足後の10年ほどは在来種の「純粋さ」に関する考え方の揺らぎがあったこと,それが1970年代頃からは在来種の遺伝的な多様性や可変性に関する理解が進んできたことがわかった.多様性や可変性は,在来種の飼養・繁殖形態が自然選択に対して相対的に開かれていることに基づく.このことは,研究会の中心的な理論家であった野澤謙博士(京都大学霊長類研)が,比喩としての「柵の強度」が弱いこととして表現していた. 具体的なフィールド調査の事例としては,東南アジア4か国における在来鶏と野鶏との間の遺伝子交流,また南アジアのガウールという野生牛を家畜化したガヤールの半野生化・半家畜化状態での飼養などが,比喩としての「柵の強度」が弱い事例としてユニークであった. 結局,近代品種が現れる前の在来種の特徴は,自然選択と人為選択が直接的に相互作用すること,すなわち,一方で人為的に自然選択を呼び込むこと、そして他方では非意図的な人為選択が行われることであったと考えられた.しかし,そのような相互作用は現在ではほとんど見られない.すなわち,現在保存され維持されている在来種は「かつて在来種であった近代品種」になっており,それに「自然さ」が付与されていることが示唆された.
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