研究実績の概要 |
初等教育段階の教師として批判的リテラシー教育の研究に携わったバスケス(Vasquez,V.)のライフヒストリーを視野に入れ、バスケスが自身の教育実践をどのように発展させたのかについて検討した。 バスケスの前半期の実践的研究においては、まず第一に、批判的リテラシー論の視座からホール・ランゲージ・アプローチを批判的に発展させ、教室で生起している子どもたちの気づきや問いに批判的リテラシー教育を展開する契機を見いだした。第二に、テキストそのものを分析することに特化した実践のみをおこなっているというよりは、子どもの気づきや問いに依拠して、学校や子どもたちが生活する場を対象にした実践をおこなっている点に特徴があった。第三に、バスケスの批判的リテラシー教育の実践は、コンバー(Comber,B.)によって提起されている批判的リテラシー教育の3つの原理、すなわち①言語を探究する者として生徒を位置づけ直す、②マイノリティの言語実践を尊重する、③テキストを問題化するといった特徴を有し、多様な他者が社会に参加する方法として批判的リテラシーを位置づけていた。 後半期におけるバスケスの実践的研究は、「学習の軌跡(Audit Trail)」の制作に子どもたちと取り組んでいる点に特徴があった。バスケスが構想する批判的リテラシー教育は、事前にパッケージ化された教育実践であるというよりは、子どもたちが生きる生活現実と緊密に結びつく形で構想され、子どもたちが生きる生活現実の中で子どもたちから生まれる気づきや問いから「偶発的に展開する(incidental unfolding)」教育実践としての特徴をもっていた。「学習の軌跡」の制作は、子どもの気づきや問いから局所的に生成する諸実践間に連関を生み出し、教室の中で年間を通して批判的リテラシー教育を展開していくための「しかけ」としての役割を果たしていた。
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