研究課題
本研究は、前世紀転換期に児童保護運動が世界的に展開される中、イギリスにおいてネグレクト等の虐待や極貧を理由に、行政命令で親から引き離され、数年間にわたって寄宿制のインダストリアル・スクールに収容された子どもたちが、学校における教育経験をどのように受け止めていたのかを、彼らが退校後に学校に近況を書き送った書簡と子どもたちの日常生活を記録した寮委員会の議事録を手がかりに明らかにしようとするものである。これまで、こうした子どもたちの実態は学校側が残した記録や公的な文書に書かれたこと以外は不明であった。しかしながら、日本のみならず、グローバルに子どもの貧困・虐待が問題視される今日にあって、親に頼ることのできない子どもたちがその後の人生で教育経験をどのように位置付けたのかを示すことで、貧困や虐待に喘ぐ子どもたちに教育がなし得る可能性を模索し、その歴史的知見を得ることが本研究の目的である。今年度は、寮委員会の議事録を分析するとともに、書簡の翻訳を行った。寮委員会の議事録では、生まれつき唇が裂けている少女に対して、このままではメイドになれないことから、支払いを拒否する親に変わって学校が費用を負担し、唇の手術を行い、無事にメイドの職に就くことが出来た事例や、病弱と知的障害を理由にある少女の退学が決定した際、学校側が次の行き先を確保すべく、各地に書簡を送って行先を捜していた姿などが明らかになった。また、書簡では、インダストリアル・スクールでの経験を良きものとして語る者や、今の自分がいるのはインダストリアル・スクールの教育・養育のお陰であるとして感謝するものがいたことが分かった。さらに、入学時の記憶がないために、自分のルーツを知らないかと尋ねる者も数多くおり、学校の記録が彼女たちの存在証明として用いられていたことも分かった。
2: おおむね順調に進展している
利用可能な書簡は約200通ほどでであるが、約半分の翻訳を終えた所である。寮委員会の議事録では、子どもたちの安全と健康を保持するために、学校医が重要な役割を果たしていたことが分かった。インダストリアル・スクールの教育・養育に関して、教師以外がどのような役割を果たしていたのかの整理が、今年度の新たな課題として浮上した。これについては概ね確認を終えた所である。書簡の分析はもう少し、ピッチを上げる必要があるが、その他の分析は順調に進んでいる。
今後は、書簡の翻訳と分析を進め、インダストリアル・スクールでの経験が子どもたちの人生にどのような意味を持ったのかについて考察を深めていきたい。またその研究成果は国内学会で報告するとともに、出版予定の書籍(分担執筆)に掲載予定である。今後、数年以内に、今回の研究成果をもとに単著を執筆する計画を立てているため、これに尽力したいと考えている。
本科研の内容に関わる研究交流のために海外から研究者の招へいをしようと調整していたが、先方と日程が合わず、オンラインでの開催となった。そのため、その分を次年度に繰り越すことになった。次年度は私自身が渡英するか、招へいするかして、対面での研究交流を実現させる予定である。
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