研究最終年度となる令和5年度には、日本国語教育学会に査読論文「伝記教材における被伝者やなせたかしの可能性―小学校国語科と「特別の教科 道徳」の教科書分析をもとに―」(単著)を提出・受理され、「国語教育研究」616号に掲載された。本論文では、令和2年度に発刊された国語教科書二社にやなせたかしの伝記教材が同時に掲載された事実をもとに、なぜやなせたかしが被伝者として選ばれたのか、また94年間の生涯の中で、どのエピソードが選択され、どのように価値づけられたのかを一般図書伝記等と比較し詳細に検討した。また、本研究成果をふまえ、『これからの国語科教育はどうあるべきか』(2024.3東洋館出版社)に「教材に向き合うために必要な教師の感度」と題した論考を発表するとともに、『小学校国語 読みのスイッチでつなぐ 教材研究と授業づくり 物語文編』(2024.4東京館出版社)を編著者として刊行し、その中で伝記教材の教材研究や授業づくりについて解説している。 本研究全体を通して、伝記教材がその当時の社会情勢を鑑み、公共性を維持し、秩序への適応を促すために、規範的な価値観や道徳性(【生き方・考え方モデル】)を児童に伝える一定の役割を果たしてきた、また果たし続けていることを実証することができた。その最たる人物たちがオリンピアンであり、1964年開催の東京オリンピックに向けて、道徳教材とともに国威発揚に大きな役割を果たしたことが判明した。その研究成果は、「国語教科書の中のオリンピックー戦後小学校国語検定教科書の伝記教材を中心に-」という論考にまとめている。 最後に、小・中学校用国語教科書の伝記教材の一覧作成を通して、被伝者の偏りが見られ、被伝者の選定には、その当時の規範的意識が色濃く反映されていることを明らかにした。この一覧をもとに今後も秘伝者(津田梅子等)を限定し、研究を進展させようと考えている。
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