研究課題/領域番号 |
21K02480
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研究機関 | 甲南大学 |
研究代表者 |
林 慶一 甲南大学, 理工学部, 教授 (10340902)
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研究期間 (年度) |
2021-04-01 – 2025-03-31
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キーワード | 日本列島の成り立ち / 地域の自然景観 / プレート運動 / 広域応力場 / 前弧スリバー / 教育用の地史 |
研究実績の概要 |
日本列島の形成史や地域の自然景観の成り立ちの学習内容や探究方法を,日本周辺のプレートの運動が作り出す広域応力場の視点を基軸にしてアップデートすることが本研究の目的である。 本年度は以下の4つの成果が得られた。 ①糸魚川-静岡構造線を境に,成り立ちの大きく異なる東日本と西日本の境界部について,西の長野県南部の中央構造線付近,東の関東山地の秩父および多摩地方で地形・地質を調査し,フィリピン海プレート東縁の火山島の連続衝突による地質構造の「一文字から八の字構造への変化」とともに関東西部・中部地方東部にかけて低平な地形から大山脈が形成されたと理解することの有効性を確認した。 ②佐渡・新潟の中新世の地層を調査し,大陸東縁部の古い基盤岩類に最初の亀裂(片辺礫岩)が形成され,そこへ日本海の元となる海が侵入して浅海が形成され(下戸層),それが急速に深くなり半深海へ(鶴子層),さらに3,000mを越える深海(中山層)へと変化するという,日本海の形成史を連続的に知ることのできる野外の証拠を確認した。これにより,大地形の範囲を当初想定していた陸域から日本海にまで拡張できた。 ③大地形のうち山地とその周辺では,土石流による浸食・運搬・堆積作用が主役となって地形を改変することから,土石流のモデル実験装置を従来筆者が考案した定性的なものからでデジタル粘度計を用いることで定量的に保証されたものに発展させた。同時に,より下流の蛇行河川域における堆積物の礫岩を,流路内の流水成の礫岩と洪水時の堤防決壊堆積物の礫岩に,さらに上記の土石流の礫岩も加えて,3種類の礫岩を区別する観察法を開発した(林,2023) ④自然景観には,当初の計画を越えて星空も含めることが教育内容としては有効と考え,任意の地域・時刻におけるすべての天体の位置を,地平座標と赤道座標の変換により理解できる実習法を開発した(林・松本,2022)。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
長野県南部における中央構造線の調査と,関連領域の最新研究の網羅する中で,フィリピン海プレートの沈み込みの方向が300万年前に北から北西に変わったことで西方向の成分が生じ,紀伊半島以西の中央構造線沿いに右横ずれの活断層帯が形成されたこと,そしてその南側の南海トラフに至る部分までが,従来1枚と考えられてきたユーラシアプレートの一部であるにもかかわらず,西向きに独立の運動をしていると理解されるようになっていることを確認した。このようなプレート内部の小ブロックである「前弧スリバー」の1桁小さい運動は,電子基準点で捉えられるようになった陸域の同一プレート内の変動の違いをよく説明できる概念であることに気づいた。これにより紀伊半島から中国・四国の大地形を応力場で説明できることになり,本研究の目的がこれらの地域については達せられる見通しを得た。 また,この「前弧スリバー」の概念は,千島海溝に対して太平洋プレートが斜めに沈み込む千島列島から北海道にかけても適用でき,それらに関する研究を網羅して,これらの地方についても本研究目的がほぼ達せられる成果を得た。 この「前弧スリバー」は,2万語を網羅した地学事典(平凡社,1996)にもない,ごく一部の地質学者のみが注目している概念であるが,これを基軸にして山脈や盆地の並びの方向,半島や海峡・湾などの大地形が合理的に理解できるようになる。これは,従来のプレート境界を応力の境界としてきた捉え方とは異なり,日本列島内部のプレート運動による応力が,列島の伸方向にほぼ直角に働いている地域と斜めに働いている地域で,大地形の形成も大きく異なることを示すもので,次年度の教材化の基礎がほぼできた。前年度の報告時点では野外調査が限定されたため研究は「やや遅れていた」が,現在はそれを回復して順調に進められる状況になっている。
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今後の研究の推進方策 |
日本列島の大地形のうち,未調査の広域応力場について調査を行う。具体的には,東北日本・西日本とは別の島弧-海溝系を形成する,南西諸島のフィリピン海プレートが琉球海溝でユーラシアプレートの下に沈み込む応力場と,太平洋プレートが伊豆-小笠原海溝で海溝軸にほぼ直角にフィリピン海プレートの下に沈み込む地方の応力場を調査する。またに西日本と南西諸島の境界部に当たり,複雑な伸張の応力場となっている九州,千島弧と東北日本の境界で,回転の応力場となっているように見える津軽海峡周辺部についても調査を行う。 野外調査・文献調査を総合して組み立てられる新しい日本列島の形成のストーリーを,普通教育・社会教育のレベルに還元できる教材を開発し,教員を目指す教職課程の学生への講義・実験科目や一般市民を対象とした公開講座などの実践を通して,効果を検証するとともに,課題等を明確にして完成度を高める。 また,この理解を大きく助ける教材として,3Dプリンタによる地形模型と,その模型へ地形図・地質図・空中写真・衛星写真をプロジェクションマッピングする装置,さらに地形模型の石膏レプリカにこれらを模写して立体的に理解する実習法などの開発を並行して進める。
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次年度使用額が生じた理由 |
当該年度の配分額の多くを占めるのが野外調査旅費および調査に用いるドローン等の機器の購入費であったが,2021年度に新型コロナウィルスの蔓延による国内移動を抑制する国の方針に従って,計画を見直して室内で行える研究を中心として,野外調査の多くを次年度以降に延期することとした。このため当該年度は予定の調査を行ったが,2021年度分の野外調査費が今回の次年度使用額として残った。しかし,年度末から当該年度にかけて2件の野外調査をすでに行っており本報告書作成時点では調査旅費の2/3を使用している。 また,配分額にはドローンの購入費も比較的大きな額を占めていたが,航空法改正に対応した発信機能の装備された対応機種が発売を待ったため,これも年度末の購入になり,今回の本報告書の作成時点では算入されていない。 これらにより次年度使用額が大きくなっているが,報告書作成時点ではすでに表示額の1/3の20万円ほどになっている,これらは上記の「今後の研究の推進方策」に記した野外調査・教材作成等に使用する計画である。
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