研究課題/領域番号 |
21K02556
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研究機関 | 福山市立大学 |
研究代表者 |
古山 典子 福山市立大学, 教育学部, 教授 (10454852)
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研究分担者 |
瀧川 淳 国立音楽大学, 音楽学部, 准教授 (70531036)
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研究期間 (年度) |
2021-04-01 – 2025-03-31
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キーワード | 鑑賞 / 教師教育 / 音楽経験プログラム / 対話 |
研究実績の概要 |
小学校教師を対象とした対話型音楽鑑賞プログラムを実施・分析を行う本研究課題において,2021年度はCOVID-19の感染状況が一時的に落ち着いた10月に,福山市内公立小学校教師10名を対象としたプログラムを実施した。 本プログラムでは,参加者であるそれぞれの教師に,音楽を聴き,どのように感じたのかを言語化し,対話することを求めるものである。この取組みは,とくに「音楽の専門性をもたない」と自らを認識している小学校教師にとって,「どのような聴き方が正しいのか」がわからないまま音楽を聴き,感じたことの言語化が求められることになる。また,さまざまな音楽経験をもつ,あるいは専門性のレヴェルの異なる他者と共に音楽を聴き,対話することを通して,自らの美的価値観や音楽の聴き方を揺さぶり,変容させることを目的としている本プログラムには音楽家も共に参加するが,その音楽家でさえも「正解」を示す存在として位置付けているものではない。どのような聴き方が求められ,いかに感じなければならないか,という指針が示されないまま,共に音楽を聴き,語ることは,教師にとって自らの美的価値観と対峙する機会であり,感じたことの言語化の経験であるのと同時に,他者の言葉によって自らの聴く視点,聴き方の拡張を図ることにつながる。そこに本プログラムの意義があるものと捉えている。 これらを踏まえ,現在実施済みのプログラムの対話内容の分析と併せて,教師の音楽の聴き方の様相の解明,「対話すること」がどのような意味があるのかについての理論的な知見の整理,対話型音楽鑑賞プログラムの有効性の検証を行う。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
昨今のコロナ禍は,あらゆる演奏会に対してオンライン化へ転化をもたらすなど,言わずもがな音楽文化に多大な影響を与えた。これは,本研究課題にも重大な影響をもたらしている。 従前の音楽鑑賞では,特段意識することなく行われていた共に聴き,共に語ることへの制限は,かえって対面で他者と共に音楽を聴く意味を人々に問う契機ともなったといえる。つまりこの問い直しは,人と音楽とのかかわりを捉え直すことにほかならず,何を,どのように聴くのか,そこにどのような意味があるのかを改めて考える機会となっている。 本研究課題は,他者と空間を共にして一つの音楽を聴き,さまざまな感じ方があること,受け止め方があることを言語の遡上に上げる。感じたことを言語化することの困難さに直面しながらも,敢えて言語化を図るのは,ひとえに他者と共に音楽を聴く意味を引き出すための手段であるからである。現在,これを踏まえながら,他者と対話を行うことの意味に関する先行研究の知見の理論的な整理を行っている。 一方,本研究の対話型音楽鑑賞プログラムの実施に関しては,COVID-19の感染状況の収束が見通せない中,2021年度は1回の実施となっており,計画よりも若干遅滞している状態である。そのための対応案として,2022年度以降は,広島県だけではなく他の地域でも本プログラムの実施を計画している。
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今後の研究の推進方策 |
音楽科は「音楽をすること(歌唱・器楽・創作)」と「音楽を聴くこと(鑑賞)」をその活動分野としている。このコロナ禍でとくに大きな制限を受けたのは歌唱と器楽であり,それを補う形で,音楽創作活動はICTの活用に伴い,従前とは格段にその裾野が拡張されたと言えるだろう。一方,音楽鑑賞については歌唱や鍵盤ハーモニカ・リコーダーで必要となる呼気への配慮や楽器の共有を要しないため,創作とともに指導する機会は多くなった。それによって,教師たち自身が教材としての楽曲や指導内容に対峙せざるを得ない状況により一層置かれることとなった。この状況下において,本研究課題では人と音楽とのかかわりについての思索を踏まえ,一層今後の音楽鑑賞の新たな可能性を示唆し得るものと考えられる。 コロナ禍がもたらした文化としての音楽の問い直しは,学術論文をはじめ,2022年4月に福山市で行われたリーデンローズ・アカデミー「音楽の危機」(岡田暁生×片山杜秀による対談)など,さまざまな形で公表されつつある。これらの思索の成果を含め,先行研究の知見と併せて考察を重ね,対話型音楽鑑賞プログラムの内容に継続的に反映させ,検証を行う。 また,当初の計画にあるように,美術分野で実践が重ねられている対話型鑑賞に実際に参加,あるいはファシリテーター講座等への参加を通して,理論面だけではなく実践的に他者との対話を通して芸術作品への理解を深める過程,ならびにいかに対話を組織化するべきかについても明らかにする。
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次年度使用額が生じた理由 |
2021年度はCOVID-19の感染状況から,十分に対話型音楽鑑賞プログラムの実施・分析を行うことができなかったが,2022年度以降は広島県だけではなく,東京都でも実施を予定している。 東京都でも本プログラムを実施するのは,東京都23区内の場合,音楽授業は音楽専科教師,つまり高い音楽の専門性を有する教師が指導を行っていることが想定されることから,音楽の専門性をもつ教師とそうではない教師には,音楽の聴き方に違いがあるのかを明らかにできるものと考えるためである。したがって,そのための費用(音楽家への謝礼,使用機器の調達費用,口述データの文字起こし費用,広島県ならびに東京都において教師に対してプログラムの実証研究を進めるための旅費等)の支出を見込んでいる。 このほか,理論的な知見の整理のための文献講読に関わる費用や主に美術分野で進められている対話型鑑賞プログラムへの参加,またファシリテーター養成講座への参加費,そのための旅費の支出等を予定している。 なお,感染状況が悪化した場合は,オンラインでの実施に変更せざるを得ない。オンラインでの実施には,鑑賞者(プログラム参加者)全員にピンマイクを装着させることで,一人ひとりの発言を分けてデータ化し,分析することが可能となるため,その購入費用が見込まれる。
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