研究課題/領域番号 |
21K02777
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研究機関 | 富山県立大学 |
研究代表者 |
高木 昇 富山県立大学, 工学部, 教授 (50236197)
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研究期間 (年度) |
2021-04-01 – 2024-03-31
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キーワード | 福祉情報工学 / 障害工学 / アクセシビリティ / 画像表現形式 / 構文解析 / 視覚障害者 |
研究実績の概要 |
ある全盲の物理学教員は,授業の補助資料を自ら作成している.補助資料には図が必要であるが,晴眼者の補助なしに図の編集はできず独力での編集作業を以前から希望している.視覚障害者が図やグラフなどを利用する際の障害を低減化する技術開発やシステム開発は多数研究されているが,視覚障害者が独力で図を描画するための研究開発は未だ十分でない.そこで,本研究では,数学や物理学の教科書で使用する線図形を対象に,重度視覚障害者が独力で図を描画できる作図支援システムの開発を目的とする.作図した図は晴眼の学生が利用することを前提とし,精細に描画できることを条件とする.この目的を達成するために,本研究では次の2項目を具体的な研究課題としている:(1) 重度視覚障害者が容易に利用可能なオブジェクト指向型図形記述言語のコンパイラ開発;(2) (1)のコンパイラと点図ディスプレイを用いた作図支援システム開発とその評価. 令和3年度には主に次の2項目を実施した:(1) 一般的に数学や物理学で用いられる図には,文字や文字列が挿入される.開発中の図形記述言語には文字列の扱いが無かったので,これを改善し構文解析器を試作した.特に,重度視覚障害者が利用しても図中の希望する位置に文字や文字列が挿入できるよう構文を検討した. (2) 既存の構文解析器はC++言語で独自に開発したものである.これでは,文法の変更に対してコードの書き換えが必要で,開発が能率的でない.このため構文解析器生成器の利用を検討した.構文解析器生成器は,GNUプロジェクトで開発されたBisonが有名であるが,Bisonは既に開発が停止しておりメンテナンスがされてない.このため,現在でも開発が継続されているANTLR4を用いることとした.令和3年度ではこれまで検討した構文の生成規則をANTLR4を用いて記述し,構文解析器を試作した.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
本研究課題は令和3年度から3年計画で実施する.1年目は,(1)開発中の図形記述言語の文法の改善,(2)構文解析器生成器による構文解析器の開発,および(3)点図ディスプレイを用いたリアルタイム点図表示システムの試作を当初計画していた.この当初計画に対して,令和3年度の実施内容は次の通りであった. (1) 開発中の図形記述言語の文法の改善,ならびにその構文解析器を開発した.開発中の図形記述言語では,図に文字や文字列の挿入はできなかた.このため,全盲の重度視覚障害者でも図の希望する箇所に文字や文字列を挿入できる構文を検討し,その構文解析器を試作した.(2) (1)の構文解析器は我々が独自に開発したため構文依存が強い.このため,既存の構文解析器生成器であるANTLR4を用いて,これまでに検討した図形記述言語の構文の生成規則を記述し,構文解析器を試作した.なお,研究計画当初には,構文解析器生成器としてGNU Bisonを利用する予定であった.しかし,Bisonの開発は既に終了しており,このためメンテナンスも終了していた.このため現在も継続的に開発しているANTLR4を構文解析器生成器として使用することとした. 令和3年度にリアルタイム点図表示システムの開発に着手する予定であったが,このシステムの主要デバイスであるORBIT Graphiti(点図ディスプレイ)の購入に至らず,リアルタイム点図表示システムの開発に着手できなかった.このため,現在の進捗状況は「やや遅れている」と判断する.購入に至らなかった理由は,点図ディスプレイは国内企業での製造販売はなく海外の企業から購入する必要があったとこ,購入予定の点図ディスプレイが受注生産であったこと,およびコロナ禍のため海外からの物流遅延があったことにより,各種手続きがスムーズに進まなかったことによる.
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今後の研究の推進方策 |
今後の研究の推進方策は次の通りである. ①コンパイラの開発を進める.具体的には,for文の導入など文法の充実を図ると共に,エラー処理を検討する.更に,開発中の図形記述言語では,直線や円などのオブジェクトにアクセスするために変数などの識別子を用いている.このため,オブジェクトの型などの判別に必要な意味解析を導入する予定である. ②上記①のコンパイラと点図ディスプレイを用いて作図支援システムを開発する.開発予定の作図支援システムは次の2つのシステムから構成される:(a)本研究で開発する図形記述言語を上記コンパイラで解析し,他の画像表現形式へ変換するシステム.変換対象となる画像表現形式は,TikZ,SVG,ビットマップ,およびエーデルである.(b)点図ディスプレイを用いたリアルタイム触図提示システムの開発.点図ディスプレイでは,直径約2mmのピンの上下運動を,圧電素子を用いて制御する.点図提示面には,横60ピン,縦40ピンが約2mm間隔で矩形上に配置されている.従って,点図提示面の面積は約240mm×160mmとなり,触図の提示には十分な面積ではない.このため,触図提示面を仮想的に拡大することで,より大きな触図を提示できるようなシステムを開発する.更に,Graphitiでは各ピンを独立に制御できるので,着目したいオブジェクトを構成するピンを上下に明滅させるなどして,選択的に表示でるようにする. ③ 最終年度には開発したシステムの評価を行う.複数名の被験者を対象として作図支援システムのユーザビリティ評価を行う.評価指標は次の項目を現時点では予定する:(a)重度視覚障害者が独力で作図可能であるか;(b)開発する図形記述言語は作図作業を容易にするか;(c)重度視覚障害者の作成した図は,晴眼者が利用可能な程度に高精度に作図できるか.上記の項目を検討した後,今後の課題を整理する.
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次年度使用額が生じた理由 |
当初計画では,令和3年度に点図ディスプレイの物品を購入する計画であった.国内企業ではケージーエス株式会社が製造販売していたが,これを中止したため,海外の企業で購入する必要があった.このため北米のORBIT社の製造販売するGraphitiの購入を計画したが,受注生産であったこと,及びコロナ禍により海外からの物流遅延の影響が大きく,年度内の購入手続きがスムーズに進まなかったことによる.
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