研究課題/領域番号 |
21K02843
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研究機関 | 広島工業大学 |
研究代表者 |
鈴木 貴 広島工業大学, 工学部, 教授 (40289260)
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研究分担者 |
松本 慎平 広島工業大学, 情報学部, 教授 (30455183)
林 壮一 福岡大学, 理学部, 准教授 (90804922)
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研究期間 (年度) |
2021-04-01 – 2024-03-31
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キーワード | 視覚障がい者 / 盲児童生徒 / 物理教育 / 理科教育 / 物理学習支援 / 力覚デバイス |
研究実績の概要 |
本研究では,視覚障がい者の物理学習を支援するマルチモーダルな教材の開発を計画している。この教材は次の二つのコンテンツから成る。そのひとつはテキスト本体であり,通常の参考書と同様,大学初年度程度の物理の内容をまとめたものだが,視覚的経験がない学習者でも物理事象をイメージしやすいように説明を工夫し,数式を含めた内容すべてを音声で聴くことができるようにする。もうひとつのコンテンツは,力覚デバイスを使って学習者に物理的事象をありのままに仮想触体験させるアプリケーションである。テキストの随所に組み込み,視覚では観察できないさまざまな事象のイメージを触体験によって形成させることを目的としている。 令和3年度はテキストの作成に重点を置き,力学,波動,熱,電磁気学の執筆を進めた。どこでどのような仮想触体験用アプリケーションを組み込むべきかを熟慮しながら草案を書き上げた。現時点では大学初年度程度のハイレベルなものではあるが,含める内容を一通り網羅するところまでは達している。とくに力学では,中学生にも読むことができるように,数式を極力減らし,具体例を数多く挙げて言葉による理解ができるように推敲を始めている。 また,アプリケーションの作成では,力学的事象の中でも最も典型的な放物運動を触体験させるものを,株式会社スリーディーに依頼して作成してもらった。放物運動は力学の学習において大変重要な事象であるにもかかわらず,視覚障がいをもつ子どもたちの多くは物体(ボール)の動きすらイメージできずにいる。このアプリケーションでは,初速や投げ上げ角度を自由に変えることができ,実験感覚で物体の動きをリアルに触体験できる。さらに,音の機能も組み込み,触体験では認識しづらい微妙な速度変化なども知覚しやすいようにデザインされている。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
当初は,令和4年度の中頃までに電磁気学のテキストをほぼ最終段階まで,すなわち,視覚障がいをもつ中学・高校生が利用できる程度にまで完成させ,その後に熱力学と波動の執筆に着手する計画であった。 ところが,物理学の概念やイメージは分野を横断して普遍的に通用するものが多々あるため,一分野ごとに完成させていくよりも,まずは全分野に渡って骨子を作っておいたほうがよいと判断した。 そこで,対象が視覚障がいをもつ子どもたちということは度外視し,テキストに盛り込む内容をどうするのかに焦点をあてて一通り全分野に渡る草稿を書き上げた。今後,この草稿をもとに,中学・高校生には難しい数式を避け,極力言葉でイメージに訴えられるようなものにしていかなければならない。この作業には念入りな検討が必要であり,多くの時間を費やすことになると考えている。 よって,現状は当初の計画よりも多少遅れていると自己評価した。
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今後の研究の推進方策 |
今後は,テキストの完成を目指し,令和3年度に作成したテキストの原稿を視覚障がいをもつ子どもたちが利用できるように加筆・修正していく作業を行なう。そのためには,大学レベルの数式の使用を可能な限り避け,まずは言葉による理解を促すように文章を工夫していかなければならない。同時に,組み込むべきアプリケーションをデザインし,随時作成していく。ひとつひとつの事象の背後にある物理の本質を触体験によって理解できるように,どのような機能を実装するのかについて検討する。また,触覚だけでは知覚しにくいこともあるので,そのような箇所には音の機能も組み込み,触覚と聴覚によって事象のイメージを作れるようにする。音の機能の実装は技術的に高度であるため,今後も株式会社スリーディーにプログラム開発を依頼することを計画している。 さらに,アプリケーションによる学習効果の評価を行なわなければならない。そのために,令和3年度に作成した放物運動のアプリケーションの評価実験を盲学校等で実施したいと考えている。ただし,盲学校への訪問の可能性については,コロナの状況次第である。また,本研究の最終目標はテキストとアプリケーションを一体化したマルチモーダルな補助教材をネット上に配備することであるが,その可能性や問題点についても点検しなければならない。このことも令和4年度中には試行したいと考えている。
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次年度使用額が生じた理由 |
当初の予定では,物理学の各分野の教材を順次,視覚障がい者が利用できる段階にまで仕上げていく計画だった。令和3年度は力学と電磁気学のテキストを完成させ,その中で,必要となるアプリケーションを検討し,必要があれば業者に依頼しようと考え,その経費を計上していた。 しかし,テキストを執筆していくと,まずはすべての分野に渡って学習内容をまとめて検討したほうがよいと考え,テキストの骨子作りに重点を置いた。そのため,アプリケーションの検討はほとんど行わず,ひとつだけの依頼しかできなかったため,計画していた予算は執行できなかった。また,テキストに貼り付ける点図の検討を専門家を招聘して直接打ち合わせる予算も計上していたが,コロナの感染防止のためにメールでの打ち合わせしか行なわなかった。 令和3年度の未使用額は,令和4年度の予算として計画していた業者へのアプリケーション作成依頼費に追加する。この予算は、業者に概算の見積もりをもらっている。また,点図の専門家との打ち合わせ,その他,学会や研究会への参加費,旅費にも充てる予定である。
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