本研究は,学生の研究者としてのアイデンティティはどのように形成されるのか,また研究者としての適性を判断するために不可欠な要因は何かを明らかにすることを目的として実施した.具体的には,大学の理系研究室に所属し,(1)現在研究者になることを目指している学生,および(2)以前は目指していたが現在では諦めた学生,を対象としたインタビュー調査を実施した.そして,研究室での経験がその選択にどのような影響を与えたかを尋ねることで,「理系研究者の育成」という観点において,大学の理系研究室が実際にはどのような役割を果たしているのかを明らかにした.分析方法として,質的研究の手法の一つである修正版グラウンデッド・セオリー・アプローチ(M-GTA:modified grounded-theory approach)を用いた.分析の結果,33概念が生成され,これらの概念は13のカテゴリに分類された.概念間の関係やプロセスに注目をしたところ,学生たちはみな研究室に所属後,研究がうまくいかないという経験をするが,その際,研究室内に相談できる環境があるかどうかが鍵であること,そしてそのような環境に恵まれた場合は,自身の研究者としての適性を吟味し,適性があると判断すれば研究者を目指すことがわかった.一方,相談できる環境に恵まれなかった場合,適性を吟味する機会そのものが失われ,結果的に自分は研究者に向いていないと思い込んで早急に研究者になることを断念することが示唆された.またこの結果に基づき,大学の理系研究室では,誰もがみな研究は思ったほどうまくいかないという現実に直面し,その現実を乗り越えるには,まず研究室の一員として受け入れられていることが必須であること,そして学生はそのような環境において,研究者としての自身の適性を吟味し,研究者を目指し続けるべきかを検討することが示唆された.
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