研究実績の概要 |
本研究は、被害者の非人間化を通じた共感抑制の過程を解明してモデル化し、深刻な差別や葛藤・紛争の抑止に必要な条件を提示することを目的としている。本研究は相手に対する共感的反応が阻害されるポイントとして、対象の苦痛に関する手がかりを取り出す時点と、対象が苦痛下にあると解釈した後という二つに焦点を当てるものである。当初は、偏見と武器の誤判断との関連の研究(Payne, 2001)に倣った実験によって、第一のポイントに非人間的ラベリングが影響を及ぼすことを検討する予定であった。だが、実験刺激として参加者に提示する表情写真の手配や実験制御のコンピュータ・プログラミングなどといった実験準備に時間がかかっていることから、今年度は第二のポイントに関わる質問紙調査を先立って行うこととした。Hoffman & Trawalter(2016)やDeska, Kunstman, Lloyd, Almaraz, Bernstein, Gonzales, & Hugenberg(2020)は、対象の苦痛の知覚に関する人種差を質問紙調査によって検討しており、本研究はこれに倣って非人間的ラベリングが対象の苦痛知覚に及ぼす効果について検討を行った。その結果、身体的苦痛の知覚においては対象へのラベルは効果を持たなかったものの、非人間的ラベルの対象は社会的苦痛を知覚されにくい傾向が見られた。これに続く研究として、ラベルの種類を変えてこの結果を再確認する実験を計画している。また、人種を対象とした先行研究では、黒人は困難な生活状況に耐えるタフさを身に付けているとみなされるために苦痛を感じにくいと判断されることが示されていることから、非人間的ラベリングにおいてもこの理由を確認する研究を計画している。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
4: 遅れている
理由
本研究での研究1として実施する計画を立てていた、偏見と武器の誤判断との関連についての実験(Payne, 2001)に倣った実験は、実験刺激提示とデータ収集においてコンピュータ・プログラミングによる制御が必要であり、また実験刺激である表情写真の調整(場合によってはいくらかの加工)も必要である。現在その準備に時間がかかっているため、実験を実施できていない。一方、先行研究(Hoffman & Trawalter, 2016; Deska, Kunstman, Lloyd, Almaraz, Bernstein, Gonzales, & Hugenberg, 2020)に倣って実施した質問紙調査では、非人間的ラベリングが対象の身体的苦痛と社会的苦痛の知覚に及ぼす効果について検討した。その結果、身体的苦痛の知覚においては対象へのラベルは効果を持たなかったものの、非人間的ラベルの対象は社会的苦痛を知覚されにくい傾向が見られている。この調査で扱ったのは無価値な対象を意味するラベルであるために、それがこの結果に反映されたのかもしれず、これに続いてラベルの種類を変えて実施する質問紙調査を計画している。また、先行研究では黒人対象が苦痛を感じにくいと判断されること、これは困難な生活状況を強いられることが多いためにタフさを身に付けているとみなされることに起因していることが示されていることから、非人間的ラベルの対象においても同じ理由からそれが生じるのかを検討する質問紙調査を計画している。従って、当初の計画とは異なる研究が展開されているということができるが、当初予定していた実験研究を行えていないため、計画は遅れている。
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