研究課題/領域番号 |
21K03194
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研究機関 | 山形大学 |
研究代表者 |
早田 孝博 山形大学, 大学院理工学研究科, 准教授 (50312757)
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研究期間 (年度) |
2021-04-01 – 2024-03-31
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キーワード | 半単純リー群 / 対称領域 / カルタン分解 / ジャイロ群 |
研究実績の概要 |
半単純リー群はそのカルタン対合によるカルタン分解という固有分解を持つ。そのベクトル空間部分の指数写像による像は適当な行列実現において正定値対称、または正定値エルミート行列の部分集合となる。これは通常の意味では群構造を持たないが、ジョルダン代数などさまざまに代数的取扱いの試みがなされてきた。それらのうち H.キークルの著書にあるKループ構造やA.アンガーの一連の仕事で確立されてきたジャイロ群がある。ジャイロ積は結合的でない二項演算である。対称空間のひとつの実現を与えると、ジャイロ積が誘導され、対称空間上の2項演算を定め、興味深い関係式が得られる。 今年度の研究における計算結果では、ジャイロ積の座標表示の明示式が得られた。またジャイレーションと呼ばれる非結合性を測る量の明示式も得られた。これらの得られたジャイロ積の座標表示は、新規性という点ではまだ認められないが、実現に依存しているとはいえ有界対称領域などのいろいろな計算においてその明示式はひとつの新規的な切り口を与えると考える。特にジャイロ積に関係する不等式に注目すると球充填問題やその一般化のような最適化問題においてアダマールの不等式やエルミートの不等式のように基本的でいて有用な不等式が現れるならば数の幾何の分野の進展が考えられる。 今後の展開において、まずは、具体的な計算式結果のある階数1の場合の不定符号ユニタリ群および階数1のローレンツ群の場合に、不等式に対し代数的な構造を利用した簡素な証明を与えることで、より高い階数を持つシンプレクティック格子などに対しても構造が見え、その後の展望が期待されると考える。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
4: 遅れている
理由
今年度の研究ではジャイロ積に関係する不等式について、不等式の定式化と行列レベルでの不等式の解釈をテーマにしていた。そのうち特に階数1の場合の不定符号ユニタリ群およびローレンツ群の場合、それぞれについて有界な対称空間上のパラメータでの、ジャイロ積の明示式を確認した。またそれぞれについてジャイレーションと呼ばれるジャイロ積の交換関係や非結合性の度合いを測る量についても明示式を計算できた。ジャイロ演算に関係する不等式が研究の主要なテーマのひとつであり、ジャイロ演算に関するある不等式の座標による表示がコーシー・シュワルツ不等式の類似といえる部分を一部は理解できた。また、ジャイロ三角不等式と呼ばれるものについて、ローレンツ因子と呼ばれる中心的要素に注目することにより、それぞれの対称空間の場合に確認できた。それに対し、コーシー・シュワルツの不等式の類似物としてのジャイロ積不等式については、いまのところその類似性を確認するに留まり、対称空間の次元が高い場合、完全な証明にはいたっておらず、新規的といえる結果はまだ無い状況である。本来、予算申請に記載した研究連絡を積極的に行い、専門家の意見を伺ったりすべきだったが、昨今の状況下で研究連絡が満足に行えていない点が進捗状況に影響している。発表の機会として予定していた米沢数学セミナーを現在の状況下において開催することができておらず、また日本数学会の通常開催が変更になりオンライン化したりしたため情報収集の機会を逃している点もまた進捗状況に影響している。
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今後の研究の推進方策 |
今後の研究としては、ひとつには、不等式関連の進捗について、渡邊氏の論文にある不等式論による結果をさらに考察することにより、行列不等式の定式化につなげられる可能性があるのではないかと考える。また実現の違う対称領域間の比較から情報が得られる可能性もあると思うので階数1での計算を踏まえてより一般的な状況設定で考えてみる方針である。 今後の研究のもうひとつの方針として、研究目的のひとつである、シンプレクティック格子の完全格子の探索についても考察を深め、計算を推進したい。ボトルネックのひとつとして、格子の同型性の判定がある。球充填問題のような最適化問題における解法において必要な、2つの格子が同型であるかどうかの判定は、あるモジュラー行列によって移りあうかどうかを調べることになる。これを行列の三角分解からわかる最小ベクトルアルゴリズムを利用して判定するのだが、現在のものはE.ビンバーグやD.シキリッチによる結果から読みとれる完全ローレンツ格子の計算などの既存の結果と比較すると力不足を否めない。実装の上で細やかなアルゴリズムの設計または既知のテクニックの利用の問題かと推察でき、それらの知識が不足していることを痛感したので、基本的であるが重要なアルゴリズムとその実際的な運用を理解し、習得しようと考える。 全体として専門家との研究連絡と情報収集についてはやはり直接行うことの効果が高いと考えるので学会や研究集会の機会を探って実現したい。特に米沢数学セミナーの開催は重要だと位置付けており、開催を模索したい。
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次年度使用額が生じた理由 |
主に「旅費」と「人件費・謝金」を利用しなかった。まず申請時に予定していた新潟大学、大阪大学への専門家との研究連絡が複数回、中止したことおよび、日本数学会の年会が予定が変更され、すべてオンライン開催になったために、計上していた旅費の使用がなかったのが理由である。また、計算機システムを援用した比較的大規模な計算予定において、大学院生や研究室生の補助を受けて、「人件費・謝金」を利用して行う計画だったのだが、当該テーマの対応する部分の定式化がまだ定まらず、未だ実施をしていないのが原因で、「人件費・謝金」を利用していない。次年度においては、状況改善を見込み、「旅費」を利用した研究連絡および学会、研究集会への参加を、研究計画に追いつけるように、十分な情報収集を実行する計画である。また、研究室生らの補助に使用して、研究課題の推進に寄与したいと考える。
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