研究課題/領域番号 |
21K03232
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研究機関 | 工学院大学 |
研究代表者 |
菊田 伸 工学院大学, 教育推進機構(公私立大学の部局等), 准教授 (40736790)
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研究期間 (年度) |
2021-04-01 – 2026-03-31
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キーワード | ケーラー・アインシュタイン計量の体積増大度 / ケーラー・アインシュタイン計量の境界に沿った留数 / 対数的標準束の正値性の退化 / 小平次元 / 一般化されたケーラー・アインシュタイン計量 / ジーゲルモジュラー多様体のトロイダルコンパクト化 / ベルグマン核と計量の境界挙動 / トーラスファイブレーション |
研究実績の概要 |
滑らかな準射影代数多様体上において, 負のリッチ曲率を持つ概完備ケーラー・アインシュタイン計量の存在を, 対数的標準束の代数幾何的な正値性から導けることが, 板東, Tian-Yau, 小林亮一氏らによって証明された. その正値性は境界上では退化することが許されるため, その退化が計量の境界挙動へ及ぼす影響を決定することは興味深い問題である. それに答えを与える申請者が期待する予想の1つは「境界の小平次元が体積形式の対数部分の冪に現れる」, 2つ目は「計量の留数(境界に平行な方向に沿った極限)が一般化ケーラー・アインシュタイン計量に一致する」であり, それらを解決することが本研究の目的の1つである. 今年度は特に境界の小平次元が中間の場合に, 境界の飯高ファイブレーションの構造やヴェイユ・ピターソン計量との関係に着目して, 上記の2つの予想を研究した. 具体的な例の設定として, ジーゲルモジュラー多様体のトロイダルコンパクト化に対して, ジーゲル上半平面のベルグマン計量から誘導されるケーラー・アインシュタイン計量を解析し, 2つの予想における留数と体積の性質を探求した. 以前の申請者の研究の中で, 低次元かつ算術群が主合同群という特殊な場合に, W. Wangによって得られているベルグマン核の明示的表示を参考に, 体積増大度の予想の成立を確認していた. その後に, 境界の楕円モジュラー曲面の構造に合わせて留数の計算を推し進め, 留数の予想について今年度解決することが出来た. つまり留数は楕円モジュラー曲面の低空間であるモジュラー曲線上のポアンカレ計量に一致した. 更に, トロイダルコンパクト化の構成やW. WangとYau-Zhangの結果を詳細に振り返り, 一般次元, 一般の算術群, 一般の扇の場合にこの計算を上手く修正させることで, 2つの予想を解決することも出来た.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
ケーラー・アインシュタイン計量の境界での振る舞いを, 対数的標準束の正値性の境界に沿った退化の観点で特徴付けることが本研究の目的の1つである. そのために上述の2つの予想を解決することで, 退化度を示す尺度である一般化ケーラー・アインシュタイン計量および小平次元と, ケーラー・アインシュタイン計量の境界挙動を記述する留数および体積増大度をそれぞれ関連付けることを目標に今年度研究を行ってきた. 境界の小平次元が最大(境界が一般型)または最小(境界がカラビ・ヤオ又はアーベル多様体)である場合は, 予想をサポートする結果をいくつか得ている. 中間小平次元の場合の(対数版の)モデルとしては, ジーゲルモジュラー多様体のトロイダルコンパクト化とジーゲル上半平面から誘導されるベルグマン計量がある. これまでには, 主合同分群の商として得られる3次元ジーゲルモジュラー多様体の井草コンパクト化に対し, 体積増大度の予想が正しいことは確かめていた. 今年度は, 留数を計算することで, 留数の予想についても解決することが出来た. そしてその方法を応用し, 一般の算術群と一般次元のジーゲルモジュラー多様体, そして一般の扇で定義されたそのトロイダルコンパクト化に対して, 2つの予想を肯定的に示した. 故に中間小平次元の場合の予想の信憑性が高まった. 一般的な中間小平次元の設定においては, Tosatti-Weinkove-Yangなどの結果を鑑みて, ケーラー・リッチ流との類似性を見出すことを試みたが, 彼らの結果を充分に理解することが出来ず, 成果を上げることができなかった. 更に, ジーゲルモジュラー多様体のトロイダルコンパクト化において, ある適切なオーダーでその留数を拡大すると, トーラスファイブレーションの半平坦計量が現れるだろうと推測したが, その完全な理解には至らなかった.
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今後の研究の推進方策 |
ジーゲルモジュラー多様体上の体積増大度と留数の予想を一般的に解決した今年度の成果については, 以前に得た次の結果と合わせて論文にまとめ, 雑誌に投稿する予定である : 「境界が一般型であることの体積増大度による特徴付け」, 「境界がカラビ・ヤオである場合の体積増大度」, 「境界がアーベル多様体である場合のリスケールした留数」. ジーゲルモジュラー多様体のトロイダルコンパクト化に対しては引き続き, 今年度の考察とW. WangやYau-Zhangの結果を組み合わせて, 適切な対数的発散項でリスケールした留数を計算し, 境界のトーラスファイブレーション構造に関する半平坦計量との関係を見出すことを目論んでいる. これは境界がアーベル多様体の場合での, リスケールした留数がリッチ平坦計量になることと対応している. 一般のカラビ・ヤオ境界の場合ではこれは未解決であるので, それも解き明かしたい. ただし, この場合は有限幾何ではないと推測されるため, 対応する複素モンジュ・アンペール方程式の解析の一般論が整備されていない. 一方で, ケーラー・リッチ流の時間無限大の挙動についてTosatti-Weinkove-YangとTosatti-Zhangは解の低階評価を成功しており, 彼らの技法の中からこの問題にも有効なものを見つけ出すことを考えている. 今年度のモデルの考察は, 体積増大度の予想と留数の予想が中間小平次元でも一般に成立する可能性を示唆している. しかし, 境界の飯高ファイブレーションのファイバーがトーラスではない時は, 同様に有限幾何ではないと推測されるため, まずはトーラスである特別な場合に検討したい. 対応するケーラー・リッチ流の時間無限大の挙動の結果では, Fong-Zhangによって解の滑らかな評価が得られているため, 成功する見込みがあると期待している.
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次年度使用額が生じた理由 |
本研究の目標達成のために, ジーゲルモジュラー多様体のトロイダルコンパクト化とその上の誘導ベルグマン計量という具体的モデルで実験することが今年度の中心的な課題であった. しかし, それらを定める扇の組み合わせ的情報が非常に複雑で, 想定以上の時間, 集中して取り組むことになった. その際, 参考にした図書などは以前に手に入れたもので充分であり, また新しい知識や技術を取得することに時間を割くことが出来ず, 参考文献を手に入れる用途に予算を使わなかった. 一方で, 新型コロナウイルスの感染拡大により, 参加予定だった研究集会が軒並みオンライン開催になり, 研究内容に関連する講演が含まれるセミナーや研究集会なども現地ではなくオンラインで参加せざるを得ない状況だった. 故に, 研究情報の収集目的の出張旅費としても予算を使用しなかった. 使用計画としては, まず今年度得た成果発表のため, 講演出張での旅費, オンライン及び現地で講演に用いる機材, そして論文作成や参考文献を調べるために使用するPCやその周辺機器の購入などとして予算を執行する. また本研究に必要な最新の情報収集のため, 関連する内容の研究集会・セミナーに積極的に参加し, 複素モンジュ・アンペール方程式とケーラー・リッチ流の解析の手法や, 複素幾何の最先端の研究を学んだり, 国内外の専門家の方々と意見を交換する予定である.
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