研究実績の概要 |
離散群を扱う際のもっとも標準的な手段は,その群が作用する適当な空間を導入し,その 作用から群に関する情報を抽出するというものである.この手続きにおいては,空間とそこへの 群作用は,離散群の構造を解析するためのものである.最大の関心はあくまで離散群に向けられ る.しかし,本研究においては群自体はむしろ副次的な対象とする.それに代え,群が作用する 空間とそれが有するべきなんらかの構造に最大の興味を向ける.離散群の背後にある未知の空間, およびその上に棲息する新奇な構造たちの発見こそが本研究計画の究極的な目標である.本研究課題においては,とくにトンプソン群に対しこのプログラムの実現を試行する.なお,ここで想 定している「空間」は,グラフ,複体などの組合せ論的,離散的なものではなく,(無限次元)多 様体や関数空間の中の領域などの「連続的」な対象であることを断っておきたい. 以上が,本研究課題の概要であった.3年間の研究を通じ,トンプソンが作用する連続的な空間を何種類か発見した.それらは,以下の2種類に大別される:i) トンプソン群を, [0,1] 区間,あるいは円周といった1次元空間にに区分的に線形に作用する群として実現し,その作用に着目することにより構成される無限次元空間たち;ii) トンプソン群を,1次元空間に区分的に整的かつ射影的に作用させることにより得られる無限次元空間. 最終年度である 2023 年度は主に ii) に対する研究を行なった.それに関連する重要なキーワードはファレイ図式である.この概念はそもそもペナーにより展開された普遍タイヒミューラー空間論,およびハッチャーによる2次形式に関する研究という,それぞれ独立した,そしてトンプソン群とは無関係に思えるふたつの場面において重要な役割を果たす.今後大きな進展がなされるであろうことを期待している.
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