本研究の目的は,結晶多形などエネルギー差のある結晶分布において,温度変化のような非常に簡単な条件変化を加えることで,そのサイズ分布を制御し,準安定相を選択的に結晶成長させる可能性を探求することである.カイラル結晶のように双安定な結晶を持つ系では結晶粉砕や温度変化によって片方の結晶だけが卓越することが知られていたが,同じような現象がエネルギー差のある2つの相の競合においても実現しうるかについて研究を行った. 核生成を議論するときに用いられるBecker-Doering模型にクラスタ合体過程を包含するように拡張した一般化Becker-Doering模型を用いて,溶液成長中の結晶粉砕や温度昇降を想定したシミュレーションを行った.安定相結晶よりも自由エネルギー的に不利な準安定相結晶量を十分に多くしておくだけで,安定相結晶がすべて準安定相結晶に変換されうることを示すことができた.温度昇降をすると,高温期に多量にある準安定結晶から準安定クラスタが大量に生成される.その結果,安定相結晶の溶解速度よりも準安定相結晶の溶解速度が小さくなる.この過程を繰り返すことで最終的にすべて準安定相結晶へと転換できることがわかった. また,有機物結晶の安定ラセミ結晶を準安定カイラル結晶への転換機構についても調べた.少量であっても準安定カイラル結晶が溶液中に存在すれば,多量に安定ラセミ結晶がすべて準安定カイラル結晶へと転換されうることも示した.この中でクラスタ合体過程が本質的な役割を果たす.この場合は,これまでと異なり相対質量だけでは結果が決まらず,安定ラセミ結晶量の絶対値が重要になる.すなわち,反応速度定数などの物理量を使って決めることができる臨界値よりも安定ラセミ相結晶量が少なければ,準安定カイラル結晶への転換が可能であることを見出した.
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