研究課題/領域番号 |
21K03394
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研究機関 | 愛知工業大学 |
研究代表者 |
一刀 祐一 愛知工業大学, 工学部, 准教授 (80580521)
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研究期間 (年度) |
2021-04-01 – 2024-03-31
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キーワード | 異常拡散 / 超統計 / 複雑系 / 揺らぎ / 弱い相関 |
研究実績の概要 |
研究初年度である令和3年度は、「細胞におけるDNA結合タンパク質は拡散係数と拡散指数がともに揺らぐ異常拡散現象を呈する」という実験的事実及び前段的研究に基づき、超統計的拡散理論の基礎研究に取り組んだ。この理論の中核をなす拡散指数と逆温度(同等に、拡散係数)の結合揺らぎの統計的性質を詳細に研究した。複雑系の統計力学的理論である超統計の観点から、細胞の局所的領域での拡散の記述に対して非整数Brown運動(速い時間スケール)を採用し、これに結合揺らぎ(長い時間スケール)を階層的に内在させた拡散理論を検討した。 上記の結合揺らぎに関して、拡散指数と逆温度との間の相関が弱い(両者は統計的に完全に独立でない)、という実験結果から示唆される事実に基づき、相関の弱さを定量的に評価する研究を行った。結合揺らぎ分布を逆温度の周辺確率分布と与えられた逆温度での拡散指数の条件付き確率分布との積によって記述し、条件付き確率分布を逆温度とその平均値の差に関して指数関数型で表現して、この差にかかる因子により弱い相関の存在を考慮した。これにより、拡散指数の周辺確率分布と条件付き確率分布の比に対する対数関数により相関が定量的に評価出来ることを示した。実験データ解析の評価により、拡散係数分布が逆ガンマ分布に一致することから逆温度の周辺確率分布はカイ自乗分布に従い、一方で条件付き確率分布は、与えられた逆温度での拡散係数も逆ガンマ分布に従うという想定の下、拡散係数と拡散指数との間での変数変換に基づいて得られる分布に従うと仮定した。これらにより、実験結果と整合して、弱い相関の存在が拡散指数の周辺確率分布の記述に対して本質的であることが分かった。これらの成果を国際会議で発表し、学術論文としてOpen Accessの学術雑誌に出版した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
令和3年度は、前段的研究に基づいて超統計的拡散理論の構築を検討した。その結果、非整数Brown運動理論に拡散指数と温度の結合揺らぎを超統計的に内在させることにより、実験的に観測されたDNA結合タンパク質の変位分布の性質を明らかに出来ると考えている。 代表者の興味のひとつは、上記の結合揺らぎにおける弱い相関を深く理解することにあった。実験結果によれば、拡散指数の周辺確率分布は、拡散指数の小さい値で極小値をとり、一方で平均値近傍の値で極大値をとる、という非自明な振る舞いを呈する。これと整合して、相関の定量的評価により、弱い相関の存在が拡散指数の小さい値の領域において条件付き確率分布を著しく増大さる、という性質が明らかとなった。これにより、極小値の存在が説明出来ると考えられる。この結果は、弱い相関の理解に新たな物理的洞察を与えるものと期待される。 また、年度の後半で、「弱い揺らぎ相関を伴う非平衡複雑系に対する条件付きエントロピー」の議論を展開することが出来た。最大エントロピー原理から、拡散指数の条件付き確率分布が弱い相関によって決定されることを示した。この結果を学術論文としてまとめ、現在、学術雑誌にて査読審査中である。(参考文献 eprint arXiv: 2203.07927)
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今後の研究の推進方策 |
令和4年度は、「細胞におけるRNA分子は揺らぐ拡散係数を伴う拡散現象を呈する」という実験的事実に基づいて、揺らぐ拡散性と熱力学との間の形式的類似性の研究に取り組む。前段的研究に基づき、この類似性を熱力学の基本法則のレベルで明らかにする。 並行して、超統計的拡散理論の研究を継続して行う予定である。更に、令和3年度の後半から取り組み始めた弱い揺らぎ相関を伴う非平衡複雑系に対する条件付きエントロピーの議論のさらなる発展を目指す。
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