研究課題/領域番号 |
21K03403
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研究機関 | 神戸大学 |
研究代表者 |
西野 友年 神戸大学, 理学研究科, 准教授 (00241563)
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研究期間 (年度) |
2021-04-01 – 2025-03-31
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キーワード | テンソルネットワーク / エンタングルメント / 数値解析 / 木構造 / 繰り込み群 / 自動最適化 / エネルギースケール / フラクタル |
研究実績の概要 |
近年さまざまな分野で幅広く応用が進みつつあるテンソルネットワーク形式は、量子物理系の波動関数や統計物理系の確率密度関数、そして機械学習における確率分布関数などを、数少ない脚を持つ局所的なテンソルの縮約を使って大域的に表現するものである。解析対象が持つ内部構造の特徴をうまく捉えた、自然な構成を持つネットワーク形状がシステマティックに探し出せるならば、テンソルの脚が受け持つ自由度を小さく抑えた上で、状態を効率よくかつ精密に表現することが可能である。この目標を達成するために、本年度は計算機上に厳密に波動関数が表現可能である小規模な量子系を対象とするテスト計算について検討した。10個程度のスピンを含むハイゼンベルグスピン系の基底状態など物理的な機構を通じて定められる波動関数が、考え得る対象の一例である。また、恣意的にシングレットペアを敷き詰めるような人工的である波動関数もテスト対象としては重要である。このようにして与えられた波動関数に対し、系を2分割したエンタングルメント・エントロピー(EE)を求めると、それは分割の境界それぞれに対する定量的な指標となる。小規模系ではあらゆる2分割についてEEを求めることが可能であり、多角的な走引探索から画像的に断層写真を再構成するかのように、与えられた波動関数を正しく表現する「最適なネットワーク構造」が、いくつか定まるはずである。この目標へ向けて、EEから逐次的にテンソルネットワークの幾何学構造を構築して行く推定アルゴリズムの幾つかについて評価を行った。また、解析対象の実例として、これまで継続して扱って来たフラクタル格子上のスピン系について、データの取りまとめを行った。いま一つの具体例として、相互作用が空間的に変調されたスピン系について、正多面体上での数値解析を行った。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
与えられた物理系の状態それぞれに対する、一群の自然なテンソルネットワーク表現のうち、計算機で取り扱い易いものを見出して行き、未知の状態や、既知の状態であっても内部構造が非自明であるものに対し、定量的な情報を浮かび上がらせて行くことが当面の課題である。このことから上述の通り、小規模系に対してあらゆる2分割を考え、対応するエンタングルメント・エントロピーをまず求めることから取り組み始めた。恣意的にシングレットペアを敷き詰めた人工的な状態に対しては、最小二乗法を用いた回帰分析により、どのようなサイトのペアが存在するか推定可能であるが、このアプローチでは計算コストが大き過ぎることがわかった。EEが最小となる2分割をまず見つけ、分割された断片(部分系)それぞれについて「その内部で」部分系を再分割する形の2分割のうちEEが最小となるものを見つける操作を繰り返す形で、木構造テンソルネットワークを探索して行く方法も考えられる。実際に、シングレットペアの敷き詰められた状態では、このような探索方法が有効であり、回帰分析に比べてより速やかにペアを同定することができる。但し、常にこの再起的2分割法が有効であるとは限らず、フラクタルのように階層を持った格子上の量子状態に適用した場合、本来ならば得られるはずの木構造ではない、より直線的なネットワーク構造が誤算出されてしまうことがある。そこで、木構造の範囲内ではあるけれども、幾つかの分割パターンについてネットワーク全体でのEEの分布を参照しつつ、その幾何学構造を最適化して行く方法について、新たに検討している所である。並行して、フラクタル格子の中でも代表的なものとして良く知られた、シェルピンスキーカーペット格子上のスピン模型について、変形されたテンソル繰り込み群を応用し、その熱力学的な性質を解析している。
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今後の研究の推進方策 |
これまでに行って来た、2分割エンタングルメント・エントロピーを経由した量子波動関数の構造解析を通じ、木構造を持つテンソルネットワークが表現し得る状態が、かなり広い範囲に及ぶことが浮かび上がって来た。特に、2次元的な結合を持つ量子系や、3次元的に原子が配置した分子などにおいて、木構造ネットワークによる状態表現の応用の重要であると考えられる。そのような応用上の要請に対し、木構造の幾何学が与えられた系ごとに自動的に決定されて行く計算アルゴリズムを、今後は考えて行く。木構造ネットワークの良い所は、密度行列繰り込み群などで永く使われて来た1次元的な行列積状態(MPS)と同様に、直交性が担保された正準形を用いられることである。例えば、量子ハミルトニアンに対するエネルギー期待値を求める場合に、試行関数のノルムを求める必要がない。もしかすると、系それぞれに最適な木構造をいきなり得ることは困難であるかもしれない。MPSもまた木構造の一例であるが、このような自明な幾何学構造からまず探索を開始し、局所的な枝の組み替えを通じて、逐次的に幾何学構造を改変して行く計算アルゴリズムも選択肢の一つとして十分に有望なものであると考えられ、今後の研究の推進方策としたい。非一様な系の基底状態解析への候補として、多面体上に配置された量子スピン系の基底状態が、どのような摂動に対して安定であるかを明らかにする問題が挙げられる。多面体とは言え、そのサイト数は厳密対角化の範囲を超えるものであり、木構造ネットワークによる状態表現を通じて、摂動ハミルトニアンの候補探索を更に進めて行く予定である。また、量子状態と格子の対称性について、数学的な興味の一つとして4次元の多胞体上にスピンが配置された系についても同様の解析を進めたい。
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次年度使用額が生じた理由 |
発注したノート型パソコンの納品が国際情勢により遅れたため。物品が届き次第、繰越し分より支払いを行う。
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備考 |
テンソルネットワーク形式について最近のプレプリント等を取りまとめたデータベースである。
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