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2022 年度 実施状況報告書

スピン対称性を活用した量子化学計算量子アルゴリズムの開発

研究課題

研究課題/領域番号 21K03407
研究機関大阪公立大学

研究代表者

杉崎 研司  大阪公立大学, 大学院理学研究科, 客員研究員 (70514529)

研究期間 (年度) 2021-04-01 – 2024-03-31
キーワード量子コンピュータ / 量子化学計算 / 量子アルゴリズム / 電子状態
研究実績の概要

量子化学計算は量子コンピュータの近い将来の計算ターゲットとして注目を集めているが、分子の物性や化学反応性などはスピン状態に依存するため、量子化学計算を実際の化学研究に役立てるためには正しいスピン状態について量子化学計算を実行することが必須である。また、量子位相推定アルゴリズムに基づく量子化学計算では、求めたい電子状態の波動関数と大きな重なりを持つ、良い近似波動関数を準備する必要がある。
断熱量子アルゴリズムの一種である断熱状態生成法(ASP法)は、時間依存ハミルトニアンのもとでの波動関数の時間発展を用いて、平均場近似であるハートリー・フォック(HF)波動関数から電子相関の効果を取り込んだ波動関数を生成する手法であるが、ASP法は特に分子内に不対電子を含むような多スピン系への応用が難しいという問題を抱えていた。そこで、ASP法において、敢えてスピン対称性が破壊されたbroken-symmetry(BS)波動関数からスタートし、スピン二乗演算子をペナルティ項として時間依存ハミルトニアンに追加することで、電子相関の効果を含む多スピン系の波動関数を通常のASP法よりも高速に準備できる手法を開発した。本手法は特に共有結合が切れた分子構造など、HF波動関数が良い近似とならない系において非常に効力を発揮する。ASP法の出発波動関数としてHF波動関数とBS波動関数のどちらを選択すればよいかを、開殻電子構造の寄与の指標であるジラジカル因子を用いて決定する手法も提案した。
このほか、任意の電子状態間のエネルギー差を直接計算することができる一般的な量子アルゴリズムである量子位相差推定アルゴリズムの全エネルギー計算、エネルギー核座標微分計算、相対論的量子化学計算への応用も行うとともに、GPUを用いた量子回路数値シミュレーション高速化についても報告した。

現在までの達成度 (区分)
現在までの達成度 (区分)

2: おおむね順調に進展している

理由

昨年度までの研究により、量子コンピュータ上で波動関数の時間発展量子シミュレーションを行う際に用いられるTrotter分解がスピン対称性を破壊することが分かっている。波動関数の時間発展はエネルギー計算に用いられる量子位相推定アルゴリズムだけでなく、近似波動関数生成のためのASP法など、様々な量子化学計算量子アルゴリズムの中核を成している。今年度はASP法において、敢えてスピン対称性が破壊された波動関数から出発し、スピン二乗演算子をペナルティ項として時間依存ハミルトニアンに加えることにより、ASP法の計算過程でスピン固有関数が自動的に得られるとともに、通常のHF波動関数から出発するASP法よりも短い時間発展長さで良い近似波動関数が得られる新手法を提案した。本手法は、スピン対称性を満足せず、量子化学計算量子アルゴリズムでの使用に適さないと考えられてきたBS波動関数を活用することでASP法の高速化を果たしたものであり、スピン対称性活用に対する新たな道筋を示すものであると言える。
当初の研究対象としている、スピン対称性を満足した配置状態関数を生成するGUGA法の量子化学計算量子アルゴリズムへの応用については、Shavittグラフ上の経路に依存した係数がハミルトニアン各項にかかる。この係数を求めるためには非局所的な演算が必要となり、量子論理回路に含まれる量子ゲート数が膨大になる可能性があり、量子論理回路構築にはさらなる工夫が必要となることが予想されている。

今後の研究の推進方策

ASP法におけるBS波動関数の活用は、スピン対称性を活用した量子化学計算における新たな方向性を示すものであり、ASP法以外の近似波動関数生成法、たとえば波動関数の虚時間発展に基づく手法やVQE法などへの応用を検討している。また、昨年度に開発した、一般化スピン座標マッピング法に基づく波動関数時間発展のための量子論理回路構築方法をASP法や量子位相差推定アルゴリズムへと実装することで、量子論理回路の短縮とTrotter分解によるエラー削減を同時に行うことも計画している。GUGA法に基づく量子化学計算量子アルゴリズム開発はスピン対称性が決して破られない代わりに、非局所的な量子演算を多用するために量子論理回路が非常に長くなる可能性があるため、非局所演算を少なくするための方策を練る必要がある。量子コンピュータによる量子化学計算では、波動関数のエンコーディング法を変えることでハミルトニアンの局所性を高められる場合があることが知られており、GUGA法においてもエンコーディング法を変えることで非局所演算を少なくできるかについて検討する。量子三準位系であるqutritを用いた、スピン一重項状態に特化した量子化学計算手法については、水素分子のような簡単な分子系についてハミルトニアンの変換および量子論理回路の構築を進める。

次年度使用額が生じた理由

国内学会出張のための旅費を予算計上していたが、本予算で参加予定だった学会が全てコロナ禍のためにオンライン開催となったため。また、学術論文オープンアクセス化予算を確保していたが、該当する研究課題は論文化に至っておらず、差額が発生した。2023年度分として請求した助成金と合わせて、新たに筆頭著者として執筆する論文のオープンアクセス化費用、国際会議で研究成果を発表するための旅費として使用する予定である。

  • 研究成果

    (17件)

すべて 2023 2022 その他

すべて 国際共同研究 (2件) 雑誌論文 (6件) (うち国際共著 1件、 査読あり 6件、 オープンアクセス 2件) 学会発表 (6件) (うち招待講演 2件) 図書 (1件) 備考 (2件)

  • [国際共同研究] CQuERE, TCG CREST/Physical Research Laboratory(インド)

    • 国名
      インド
    • 外国機関名
      CQuERE, TCG CREST/Physical Research Laboratory
  • [国際共同研究] University of Wisconsin-Madison(米国)

    • 国名
      米国
    • 外国機関名
      University of Wisconsin-Madison
  • [雑誌論文] Slow Magnetic Relaxations of Ni(III) Complexes Toward Molecular Spin Qubits2023

    • 著者名/発表者名
      Toshima Keiga、Sato Tetsu、Horii Yoji、Sato Kazunobu、Sugisaki Kenji、Breedlove Brian、Takaishi Shinya、Li Zhao-Yang、Yamashita Masahiro
    • 雑誌名

      European Journal of Inorganic Chemistry

      巻: - ページ: -

    • DOI

      10.1002/ejic.202300125

    • 査読あり
  • [雑誌論文] Synthesis and Isolation of a Kekul? Hydrocarbon with a Triplet Ground State2022

    • 著者名/発表者名
      Shimizu Akihiro、Morikoshi Tetsuya、Sugisaki Kenji、Shiomi Daisuke、Sato Kazunobu、Takui Takeji、Shintani Ryo
    • 雑誌名

      Angewandte Chemie International Edition

      巻: 61 ページ: e202205729

    • DOI

      10.1002/anie.202205729

    • 査読あり
  • [雑誌論文] Selective Isotope Labeling and LC-Photo-CIDNP Enable NMR Spectroscopy at Low-Nanomolar Concentration2022

    • 著者名/発表者名
      Yang Hanming、Li Siyu、Mickles Clayton A.、Guzman-Luna Valeria、Sugisaki Kenji、Thompson Clayton M.、Dang Hung H.、Cavagnero Silvia
    • 雑誌名

      Journal of the American Chemical Society

      巻: 144 ページ: 11608~11619

    • DOI

      10.1021/jacs.2c01809

    • 査読あり / 国際共著
  • [雑誌論文] Adiabatic state preparation of correlated wave functions with nonlinear scheduling functions and broken-symmetry wave functions2022

    • 著者名/発表者名
      Sugisaki Kenji、Toyota Kazuo、Sato Kazunobu、Shiomi Daisuke、Takui Takeji
    • 雑誌名

      Communications Chemistry

      巻: 5 ページ: 84

    • DOI

      10.1038/s42004-022-00701-8

    • 査読あり / オープンアクセス
  • [雑誌論文] Quantum Algorithm for Numerical Energy Gradient Calculations at the Full Configuration Interaction Level of Theory2022

    • 著者名/発表者名
      Sugisaki Kenji、Wakimoto Hiroyuki、Toyota Kazuo、Sato Kazunobu、Shiomi Daisuke、Takui Takeji
    • 雑誌名

      The Journal of Physical Chemistry Letters

      巻: 13 ページ: 11105~11111

    • DOI

      10.1021/acs.jpclett.2c02737

    • 査読あり / オープンアクセス
  • [雑誌論文] Protein Folding Model Using Quantum Computation2022

    • 著者名/発表者名
      SAITO Rui、OKUWAKI Koji、MOCHIZUKI Yuji、NAGAI Ryutaro、KATO Takumi、SUGISAKI Kenji、MINATO Yuichiro
    • 雑誌名

      Journal of Computer Chemistry, Japan

      巻: 21 ページ: 39~42

    • DOI

      10.2477/jccj.2022-0022

    • 査読あり
  • [学会発表] 量子位相差推定によるエネルギー数値微分の直接計算手法開発と分子構造最適化への応用2023

    • 著者名/発表者名
      杉崎研司、V. S. Prasannaa、大島聡史、片桐孝洋、望月祐志、B. K. Sahoo、B. P. Das
    • 学会等名
      日本化学会第103春季年会
  • [学会発表] 量子化学計算の高効率量子アルゴリズムの開発2023

    • 著者名/発表者名
      杉崎研司
    • 学会等名
      さきがけ「量子情報処理」領域公開シンポジウム2022
  • [学会発表] 量子位相差推定アルゴリズムを用いたfull-CI計算手法の開発2022

    • 著者名/発表者名
      杉崎研司、酒井智香子、豊田和男、佐藤和信、塩見大輔、工位武治
    • 学会等名
      第24回理論化学討論会
  • [学会発表] Quantum chemical calculations of the g values of fluorescein radicals in room temperature aqueous solution at pH 7.02022

    • 著者名/発表者名
      Kenji Sugisaki, Hanming Yang, Silvia Cavagnero
    • 学会等名
      第61回電子スピンサイエンス学会年会
  • [学会発表] Quantum chemistry on quantum computers2022

    • 著者名/発表者名
      Kenji Sugisaki
    • 学会等名
      Quantinuum-ICReDD joint workshop for chemical applications of quantum computing
    • 招待講演
  • [学会発表] 量子化学計算量子アルゴリズムの開発と量子回路数値シミュレーション2022

    • 著者名/発表者名
      杉崎研司
    • 学会等名
      NVIDIA 冬のHPC Weeks
    • 招待講演
  • [図書] 量子技術の実用化と研究開発業務への導入方法2023

    • 著者名/発表者名
      執筆者:60名、技術情報協会
    • 総ページ数
      483
    • 出版者
      技術情報協会
    • ISBN
      978-4-86104-915-6
  • [備考] 量子コンピュータ上での量子化学計算の効率向上へ!

    • URL

      https://www.omu.ac.jp/info/research_news/entry-01553.html

  • [備考] エネルギー微分を直接計算し分子構造最適化を実現

    • URL

      https://www.omu.ac.jp/info/research_news/entry-03260.html

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公開日: 2023-12-25  

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