光合成初期過程の光捕集作用では光エネルギーを吸収できる明準位だけでなく暗準位もエネルギー移動の過程で大きな役割を果たしている。しかし、一般的な超高速吸収分光法ではこれらを区別して観測することは困難である。本研究の主な目的は、マルチ超高速分光法を開発して明準位と暗準位を区別して観測することである。これにより光捕集作用のエネルギー移動を解明し、高効率化への指針を得た。さらに、同じように明準位と暗準位をもつ単層カーボンナノチューブ(SWNT)の励起子系への応用を行った。 開発した発光分光装置では和周波発生法(Up Conversion法)用いている。これは、研究対象とした光合成系の光アンテナ分子であるフコキサンチンが可視から近赤外領域までの発光をもつためである。励起光波長490 nm、発光観測波長 550~1050 nmの測定により、高効率のドナー準位として期待される明準位の分子内電荷状態(ICT状態)の観測に成功した。光捕集色素タンパク複合体の時間分解吸収分光の結果と比較することにより、明準位と暗準位のダイナミクスと高効率のエネルギー移動の仕組みを明らかにした。この成果は国際および国内学会に発表済みであり論文を作成中である。 SWNTへの応用も行ったが、発光信号は極めて弱く、励起子のほとんどは暗状態となっていると推測された。通常の超高速吸収分光だけでは明状態と暗状態の区別は困難なので、本研究ではコヒーレント振動の位相に着目した。超短光パルスで誘起されたコヒーレント振動の位相は、基底状態と励起状態で違うことが知られている。SWNTのRBM振動の位相を詳細に調べたところ、振動は励起子生成により誘起されるが、信号には誘導放出の寄与はほとんどないことが明らかとなった。これは、発光分光からの推測を裏付けるものであり、明状態と暗状態の区別する新たな手法となる可能性を示している。
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