研究課題
電荷移動型金属有機構造体(CT-MOF)を測定対象として、光励起による1次元磁石の生成消滅のような磁性コントロールを究極な目標とした光誘起ダイナミクスの研究に取り組む事を本課題の研究課題の方針としている。昨年度(2021年度)は、鉄原子とCl2An分子から成るCT-MOFについて、分子内振動領域で、当初予測しなかった光励起状態特有の素励起の出現を発見し、これを受けて本年度(2022年度)前半は、この新たな素励起の定量的な解析を試みた。定常状態のスペクトルを基にしたシミュレーションとの比較から、Raman散乱で観測される全対称Agモードが、何らかの対称性の破れによって赤外活性となり観測されたと推測した。一方で、1 eV付近に存在する電荷移動励起の吸収スペクトル形状をより詳細に議論をするために、光励起直後における過渡状態のスペクトル測定の波長域を拡張したところ、これまで発見されていなかった新しい吸収ピークの出現を観測することに成功した。2022年度後半は、こちらの吸収ピークの解析と、その解釈の為の量子化学計算及び簡単なモデル計算に費やした。この吸収ピークは定常状態のクラスターを基にした量子化学計算では出現しなかったものであり、光誘起状態特有のスペクトル構造で有る事が明らかとなった。現在のところこの吸収ピークは、上で述べたRaman活性モードを赤外活性化するような対称性の変化に起因するものと考えている。CT-MOFのような試料は、非常に構造的には安定な試料であり、単なる温度変化等では結晶構造の変化を伴うような相転移は起こらない為、上記のような対称性の変化を光励起で生み出す事が出来た事は特筆すべき事である。外場に容易に応答するCT-MOFが光励起下で実現出来た、と考えており、新たな光応答物質群の発見に相当する成果が得られたと言える。
2: おおむね順調に進展している
前年度(2021年度)までに、対象物質であるCT-MOFの定常分光及び、時間分解分光を精力的におこない、中赤外時間分解分光測定系の立ち上げを行っており、年度初めの計画としては、時間分解分光の温度変化測定から、新しく発見された中赤外域の素励起の正体を明らかにすることを目標としていた。本年度(2022年度)は、上記のように、中赤外時間分解分光測定系を用いて測定した新しい素励起のスペクトル解析や、電荷遷移領域のスペクトル測定および解析について、大幅な進展が見られた。特に電荷移動遷移領域での新しい吸収ピークの出現が発見されたことにより、こちらの新たな電子遷移の解析から、中赤外領域の素励起とも共通のメカニズムで、観測された現象が説明出来るのではないか?という新たな着想に気づき、当初計画の温度変化測定から方針を変更して、スペクトル解析や電荷移動遷移領域の時間分解分光測定の詳細な測定を主にして研究を進めることが出来た。この成果を基にして、国内国際学会における成果発表を数回行い、おおむね好評な評価を得た。更に投稿論文の執筆を行い、現時点で投稿間近となっている。更に、東北大学岩井研究室との共同研究を開始する事になり、6 fsの超短時間幅を持つレーザー光源を使用した超高速ダイナミクスの測定にも成功し、これは現在データ解析を進めているところである。これらの事から、本研究は順調に進展していると考えている。
本年度の成果として、対象物質であるCT-MOF試料の電荷移動遷移光励起に伴う光誘起ダイナミクスの解明にかなりの程度で成功してきたと考えている。特に、光励起直後に現れる光誘起状態特有の吸収ピークが複数観測されたこと、それらが、分子周りの対称性の変化に起因して起こると考えると、良く説明されることが分かったことは、CT-MOFが新たな光機能性物質として考える事の出来る非常にユニークな物質で有る事を示している。この対称性の変化は、結晶構造の変化によって引き起こされているはずであり、本年度は、この点について精力的な研究を行いたい。分子内振動領域の時間分解分光の測定結果は、新しい素励起の存在を示唆していた事を上で述べたが、それだけでは無く、通常の意味での分子内振動モードに起因するスペクトル構造変化も多数観測されている。実はその変化の様子は温度変化による相転移で期待されている変化とは異なっている事は明らかなのだが、いまだその解釈に至っていない。そこで、温度変化による相転移の影響なども含めてこの領域の時間分解測定を継続して行う事で、光誘起構造変形の詳細について明らかにして、その発生メカニズムについて迫りたい。また、時間分解電子線回折の測定についても引き続き検討する予定である。
本課題の遂行は、順調に進んでいるが、本年度も新型コロナウイルスの感染状況を鑑み、当初予定していた国際学会参加等の出張予定をキャンセルすることになった。代わりに国内の研究会参加を増やしたものの、旅費の申請額が当初予定に比較して大幅に少なくなってしまった。次年度は、研究発表を積極化し、国際学会での発表も再開したい。また、購入希望した物品の供給の滞り、また価格の高騰により、次年度での購入とする事が妥当であると判断した物品が多数あり、次年度での使用へと計画を変更した。
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すべて 雑誌論文 (4件) 学会発表 (19件) (うち国際学会 7件、 招待講演 2件)
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