研究課題/領域番号 |
21K03438
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研究機関 | 埼玉大学 |
研究代表者 |
谷口 弘三 埼玉大学, 理工学研究科, 准教授 (50323374)
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研究分担者 |
小林 拓矢 埼玉大学, 理工学研究科, 助教 (50827186)
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研究期間 (年度) |
2021-04-01 – 2024-03-31
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キーワード | 磁気構造 / 一次相転移 / 誘電率 / 核四重極共鳴 / 磁化測定 / 磁気トルク |
研究実績の概要 |
近年の研究代表者らの研究により、代表的有機導体、κ-型BEDT-TTF (ET) 塩の反強磁性相には、実は、一次相転移の相境界が新たに存在することが明らかになった。この相転移は、(ここではCl型磁気構造からBr型磁気構造への相転移と呼ぶことにするが、)半分の分子層内のスピンが180度反転し、面間方向のスピン配列が強磁性的配列から反強磁性的配列へと変化する特異なものである。また、この性質を利用したスピン流検出の方法が理論的に提案されている。しかし、相境界がどこにあるか、さらには相境界近傍での物性はどうなるかについては全く解明されていなかった。そこで、本研究では、ET分子の重水素化とアニオンの部分置換(ClサイトのBr置換)を組み合わせた精密な化学圧力制御を実行し、そこでの磁性の解明を目指した。結果として、約50パーセントのBr置換までは、Br型の磁気構造を持つことが判明し、相境界をある程度しぼることに成功した。さらに相境界に迫るべく研究を推し進める予定である。 また、近年、上記の系を含む種々のダイマー型ET塩で誘電率の異常が観測され、この現象がETダイマー内での電荷分離による電子型誘電体の発現であるとして注目されている。本研究では、この現象の新たな研究手法として、核四重極共鳴 (NQR) と、ET分子の部分Se置換を提案した。まず、ETのSe置換については、2種類の新規物質の開発に成功した。これらはいずれも圧力下で超伝導を示し、新規有機超伝導体の開発にも成功したと言える。また、これらは常圧ではダイマーモット絶縁体であると考えられ、誘電物性研究の有力な候補物質である。NQR法についても、複数のET塩での展開に成功しており、二種類の同位体核種でのNQRを比較することにより、電荷秩序や電荷ゆらぎの情報を得る方法論の確立を目指し、さらなる研究を推進している。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
κ-型BEDT-TTF (ET) 塩の反強磁性相の相境界解明については、まずは、κ-(d8-ET)2Cu[N(CN)2]Cl塩において、ClサイトをBrに置換した試料の合成を目指すべく合成研究を推進している。この合成では、仕込み組成に対して、Brが結晶内により取り込まれやすい傾向があり、Clリッチな試料(わずかなBr置換体)を合成することは難しい。しかしながら、現状では、約50パーセントのBr置換までは合成に成功しており、さらにClリッチな試料を合成するべく合成研究を推し進めている。得られた混晶試料については、精密な磁化測定により。すべてBr型の磁気構造を持つことが判明しており、相境界は、Cl組成が50パーセント以上のよりCl塩に近いところに位置することが判明した。 Clリッチな試料の合成が困難であることに関連して、新たに磁気トルク測定による磁気構造の決定の方法論を開拓している。これは、磁化測定が可能である大型単結晶が得られない場合においても、微小試料により、磁気構造を議論するためである。Br型とCl型の微小試料に対して、磁気トルクの振る舞いが明確に異なることを明らかにしており、磁気トルク測定が本研究の強力な武器となると期待される。 ダイマー型ET塩の誘電物性研究の一つの軸である部分Se置換体の合成については、多くのSe置換体塩の合成に成功している。その内、二つは新規物質であり、圧力下で超伝導も確認された。これらを含めて、多数のダイマーモット絶縁体の合成に成功しており、誘電物性研究の準備が整いつつある。核四重極共鳴 (NQR)についても、複数のET塩での様々な核種を用いた測定に成功しており、微視的な視点での電荷情報の研究の準備が整いつつある。
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今後の研究の推進方策 |
κ-型BEDT-TTF (ET) 塩の反強磁性相内相境界の研究において、Brがより取り込まれやすく、Clリッチな試料を合成することが難しい点に関して、たとえ微小試料しかできなくとも磁気トルク測定により磁気構造研究を推進できる体制を整えている。有機導体の結晶合成については、不確定要素があり、できるだけ施行回数を増やすことが重要である。実際に、このように施行回数を増やすことにより、約50パーセントのBr置換までは合成に成功しており、さらに試行回数を増やし、よりClリッチな試料の合成を目指したい。ただし、相境界へ迫るもう一つの方法論についても計画している。これは、正圧効果をもたらすSTF分子(ETの内側のSの一部をSe置換した分子)を用いた、分子サイトの置換試料の合成である。これも、相境界に迫れる方法であると期待されるため、二方面からの合成研究により、相境界に到達したい。相境界近傍の試料が合成できれば、磁気トルク測定や磁化測定、ミューエスアールにより、磁性を解明する。
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次年度使用額が生じた理由 |
外部での実験などが、コロナ事態に関連する問題のため、当初の予定よりは遂行できなかった。旅費や(外部実験の為の試料合成に係る)薬品代などが、当初の予定よりも少なくなった。繰越金は、次年度以降の旅費や、そのための試料合成に使用する予定である。
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