量子スピンを担う2価の銅イオンが正方カゴメ格子を形成する初の物質KCu6AlBiO4(SO4)5Clでは、スピン液体的な振る舞いが観測されている。本発見を契機に実施された理論研究では、スピン液晶相や未特定の量子スピン相の存在が予言されているが、実験・理論共に開拓が始まったばかりの研究領域である。 既報物質KCu6AlBiO4(SO4)5Clではギャップレススピン液体の振る舞いが観測されたが、結晶構造の考察から構築された有効スピン模型を用いた理論計算の結果とは一致しない部分があり、模型が不適切である可能性を示している。そこで本研究では、新規モデル物質を創製し、そのスピン状態を系統的に研究することで、量子スピン正方カゴメ格子反強磁性体で実現する量子スピン状態の特定とその発現条件の解明を目指した。 最終年度は、前年度に合成に成功した新たな候補物質Elasmochloite (Na3Cu6BiO4(SO4)5) のスピン状態の解明に取り組んだ。ミュオンスピン回転/緩和測定により、既報物質同様、極低温(T = 0.3 K)まで長距離磁気秩序が形成されない事を明らかにした。また中性子散乱実験が予定されており、スピン状態の理解に向けた研究が継続中である。 本系物質探索を進める過程で、正方カゴメ格子系ではないが、幾何学的フラストレーションを内包する低次元磁性体KCuPO4・H2OおよびCd2Cu2(PO4)2SO4・5H2Oの合成に成功し、その研究成果をPhys. Rev. BおよびPhys. Rev. Materials誌で報告した。前者では、弱く結合した量子一次元鎖特有の磁気励起の観測に成功し、後者は、J1-J2量子スピン反強磁性鎖で初めてスピンギャップの観測が期待できる物質である事を示した。
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